HomeNovel Tenshi DA Tenshi 第一話 その2
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第一話 少女二人 その2

 津久巳は大学の学生食堂で一人、黙々と食事をしていた。
「いよう。凪」
 トレーを持った男が、津久巳の目の前に座った。
 津久巳の見知った顔だ。釣り上がった細い目。こけた頬。後ろで束ねた髪の毛。何故かは知らないが、ずる賢い印象をこの男には覚える。
「四日も休んで、どーしたんだよ」
 その男が訊ねてきた。
「何でもないよ」
「おまえ、日高と別れたんだって?」
「ウブッ!」
 津久巳は口の中の物を、吹き出しそうになった。
「……ひ、平坂。おまえ、誰から!」
「“早耳”の平坂さんをなめんじゃないよぉ、凪くぅん」
(誰がそんな風に呼ぶんだ?)
 ジト目で目の前の男を見る。
「ま、いずれにしろだ。おまえらの場合、ばれるの早いだろうからなぁ。今だって、いつもなら二人でメシ、食ってただろ?」
 津久巳の手が止まった。不意に、周りの視線が気になりだした。周りの奴等が、チラチラとこっちを見ている。後ろの奴は、声を押し殺して、薄ら笑いを浮かべている。そんな気がして、ならなかった。
(そんな、馬鹿な)
 津久巳は、そんな考えを頭から振り払った。しかし、すっかり食事をする気が失せてしまった。
「そうだ。今夜、飲み会やるんだ。おまえも来いよ」
「いいよ、俺は」
 そう言って、立ち上がった。
「思いつめても、体に悪いぜ。こういう時は、ハメはずさなきゃよ」
「……どこでやるんだ?」
 津久巳の言葉に、平坂はニヤリと笑った。
「居酒屋『十塚』だよ」

 津久巳は、繁華街を歩いていた。
「え、と。トツカ、トツカ……と」
 目的の店を探しているのだ。
「うん?」
 今通り過ぎた店を、なんとなく振り返り、見上げた。そこに、居酒屋十塚の小さな看板があった。
 店に入ろうとした津久巳の上着の裾を、誰かが引っ張った。
「?」
 それは、女の子だった。思わず、昨晩の女悪魔を思い出してしまったが、こっちは髪の毛は長いし、白系の服を着ている。その雰囲気は、どこかのお嬢様といった感じだ。
「……君は?」
「あの、すみません……道に迷ってしまって……」
「んで、どこに行くの?」
「三橋荘というアパートなのですが……ご存知ですか?」
(あいったぁ。まいったな)
 津久巳は頭を掻いた。ご存知もご存知。自分が住んでいる所だ。しかし、説明するにはちょっと複雑なのだ。
 それに今日は飲んで、今までのことを忘れてしまおうと思っていた。ほかの時ならともかく、出来れば今日はゆずりたくはない。
 と、その時。
 ぐくぅ〜
 おなかの音だ。津久巳のではない。女の子が赤くなってうつむいてる所を見ると、彼女のおなかが犯人らしい。
「急ぐ用?」
 津久巳は女の子に訊ねた。
「あ、い、いえ」
「よかった」
「え?」
 彼女がいぶかしむのも当然だ。
「いや、そのアパートは良く知ってるし、送ってってもいいんだけどさ……」
「はい」
「実はこれから、飲み会なんだけど、少しどうかな? 腹減ってるみたいだし」
 津久巳は、吹き出しそうになったのをこらえた。
(まるで、下手なナンパだな)
「それでは、少しご馳走になります」
「そうだ、君、名前は?」
「シズナといいます」
「へえ、静奈ちゃんか」
 二人は店に入った。
「えーと、どこだ?」
「あ! 凪君こっちこっち」
 たまたま席を立っていた女の子が、津久巳を見つけた。
「お待たせ〜」
「お、来た来た」
「おせーぞ!」
 貸切の座敷には、男女併せて十人ほどが、すでに集まっていた。
「いやぁ、店が見つからなくてさぁ」
「それより、おまえの後ろのかわいい子、誰だよ!」
 平坂が、静奈を指さした。
「あの、こんばんは」
 ちょこんと、みんなにお辞儀をする。
「凪君、フラれたばっかでナンパしてる〜」
「違うって」
「ま、人生前向きでいいじゃねーの」
「だから、違うっての!」
 そうこう言う間に、二人はほぼ無理矢理な形で、座らされた。
「じゃ、この子、どーしたのよ」
「いや、道に迷ってたんだよ」
「誘拐してきたのか」
「何でそーなるんだ!?」
「あははは、ごめんねぇ。みんなもう、イっちゃってるから」
「そう言う君も、出来上がってるだろ」
「ピンッポーン。大当たりー! 正解者には、あたしがお酒を注いだげよー」
「はいはい、ありがと。俺、今日は早目に上がるからな」
「何でだよ、ナギィ」
「野暮ねぇ。この子としけこむに決まってるじゃない」
「アホか! 送って行くんだよ! この子を!」
 フと静奈の方を見ると、何人かで彼女の持つコップに、ビールを注いでいた。
「おいおい……」
 津久巳は止めようとしたが、静奈はすでにそれを口につけていた。
 そして……
 バタリ
「……おい?」
 彼女は目を回して倒れた。

 津久巳は静奈を、そっと布団の上に寝かせた。
 そこは津久巳の部屋。あの後結局、彼女は目を覚まさなかった。
 彼女の目的地がこのアパートであることは判っていたので、とりあえず背負って来たが、どの部屋に用があるのかまでは聞いていなかった。
(仕方ない。今夜は畳の上で寝るか)
 津久巳は、毛布一枚だけかけて、横になった。

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