私はフと立ち止まった。
目の前では喫茶店の女主人が店の前を掃除している。
フと、女主人と目があった。こちらに微笑みを向ける。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
この女性はとても不思議な人だ。不思議な透明感と、そして大きな優しさを感じる。
そして何より、美人だ。女の自分が憧れてしまうほどに。
「あら? 今朝は元気がないのねぇ」
今まで沈んでいた気持ちが、この女主人の微笑みだけで癒される、気がする。
誘われるままに、私はお店の中に入っていった。女主人はコーヒーを入れると、私の横に腰掛け、私の話を聞いてくれた。
「そっかぁ、彼氏とケンカしちゃったの」
「美重子さんは、その、好きな人とケンカとかしたこと無いですか?」
「んー……」
女主人はアゴに指を当てて考え込んだ。
「1回だけ……あるかなぁ」
「ホントですか!?」
「ええ。そんなに意外だった?」
「だって、美重子さんが怒るところなんて想像できないですよー」
「まぁ、正確にはケンカとは言えないかな? 私が一方的に怒ってるだけだし」
「そうなんですか?」
「だって彼とは、この十年ほど会ってないから」
「えぇー!! 信じられない! そんなにも放っておくなんて」
「だからね、私は待ってるの。彼が帰ってくるのを」
「十年も?」
「ええ。どんなに怒っていても、どこかで信じてるのかもね」
そう言って、また、あの微笑みを向けた。
「実際に気持ちをぶつけられる二人が羨ましいわ」
「……ホントーにそう思いますか?」
女主人は目をそらし、慌てたようにコーヒーに口を付けた。
それを見て、私も微笑んでみた。
ただ一人だけの人を、いつまでも想えるこの女主人を、素敵だと思った。
そして、そこまで想われる男性も、なんて幸せなんだろう。
私は今の彼のことを、いつまで、どこまで想っていられるのだろう?
願わくば、ずっと傍らにいられるように……