少女は街を見つめていた。自分の眼下に広がる街。
少女が座っているのは、病院の屋上へと出る階段の上。栗色の髪を両脇で束ね、パジャマを着ている。
キィ……
不意に足元の扉が開いた。くぐって出てきたのは、金髪を長く伸ばした男。
顔だけを少女へと向ける。
「やあ」
「また来たの? 暇なのね」
少女の冷たい言いぐさに、男は少し苦笑いする。
「仕事のついでだ」
「あら、また? 商売繁盛でいいわね」
「皮肉か?」
「別に。今日は誰?」
「大木のじいさんだ。305号室の」
「あぁ……」
少女は眩しそうに夕日を眺めた。
「あのおじいさんも、ずいぶん頑張ったのね」
「そうだな」
ふ、と男を見下ろす少女。
「上がってこない? 夕日がキレイよ」
その言葉に素直に従い、少女の横に立つ男。
「……本当だな」
「私、ここから見る夕日が、一番好きなの。変わらないようでいても、街の姿は少しずつ変わってく。いつも同じようでいて、確実に何かが違う……」
言葉が途切れた。
「もうすぐ……この夕日、見られなくなっちゃうんでしょう?」
男は黙ったまま、夕日を眺めた。
「ここの隣の空き地にビルが建つんだってね」
「そうだ」
「もうすぐ、見られなくなるのね……」
二人の間に沈黙が流れる。
「夕日ってさ、寂しくて、儚くて、でも、沈んでも朝日になって昇る、希望もあるような、そんな感じがすごく好きなの……あのね、お願いがあるの……」
「ん?」
「仕事をお願いしたいの。って言っても、私じゃ報酬とか払えないけど……」
「言ってみな」
「ここから夕日が見られなくなったら、私を天に上げてほしいの」
男は少女を見た。少女もまた男を見返す。
「良いのか?」
「うん。夕日が見れなくなったら、つまらないし。それに、私もあの夕日みたいに、生まれ変われたら良いなって」
その言葉を聞いた男は、フっと微笑んだ。
「そうか。なら、ビルが建った時に来るとしよう」
「……良いの?」
「自分の意志で成仏しようと思ったのなら、それで良い。オレが金を受け取る時は、仕方なく無理矢理成仏させる時だけだからな」
「……ありがとう」
その時、少女の顔はいつになく晴れ晴れとした表情となった。