2002年8月6日(火)

アラヴェルディからアルメニアとグルジアの国境へ。

1時間くらいでバグラタシェン。

バザールまでタクシーが行ってくれて、
国境になってる橋を渡ろうとしたら、
アーミーにパスポートチェックを受ける。
「出国スタンプを押さなきゃだめだよ」って怒られて、
4キロ戻ったバグラタシェンのイミグレまで戻る。

このアルメニア側の役人は腐ってて、
「出国スタンプが欲しければ金をよこせ」って、
ふざけたことをほざいてる。

1時間以上喧嘩して、
結局スタンプを押してくれた。
ホントあほで、
荷物チェックした時、
ペットボトルに入ってる洗剤を見て、
麻薬だから100ドル払えとか、
俺のドル札見てこれは偽物だから、
置いていけとか、お話にならなかった。

最後はカラバフの話を出して、
人を殺したかったらどんどん殺せ、
東側トルコとアゼルバイジャンはお前らのものだ、
どんどん殺せって言ったら、
なんだかみんなシュンとしてしまって、
出国手続をしてくれた。

また4キロ先のバザールに戻ってグルジアへ。

今度はグルジア側のアーミーに捕まって、
アルメニア人とグルジア人以外は、
4キロ戻った国境を渡らなければいけないって怒られる。
3人のアーミーに銃を突きつけられ、
アルメニアに戻される。
そしてまたアホなアルメニアの役人がいる
4キロ戻ったボーダーに行く。

ここまでタクシー代3ドルもかかった。

またアルメニアの役人に捕まって、
出国スタンプを押したのに戻ってきたら、
不法入国だって言われて、
100ドルよこせって言われる。

走って逃げてデベド川にかかってる橋を渡って、
グルジアのアーミーに助けてもらう。

ツーリストはよくこの橋を走ってくるんだよって言ってた。

グルジアの入国はスムーズで、
30秒で終わる。
トビリシに行きたいって言ったら、
バスまで捕まえてくれた。

ひどい道を2時間走って首都トビリシへ。

地下鉄の前で降ろされて、ぼーぜんとする。
地下鉄の入り口で座ってたら、
英語喋れる女の子が話しかけてきて、
普通の家を宿として貸してる所を紹介されて、
そこにいく。

ちょうどよかった、
俺もそこに行きたかった。
シラゼっていうおばあさんがやってる民宿みたいな所で、
1泊3ドルでなかなか快適な所だ。

8月10日(土)

ここ数日は、
グルジアのワインを飲んで過ごした。

ほとんど動かないで、
同じ宿にいたアメリカ人ジャーナリストと話をしてた。
アブハジア、オセティア、チェチェンと、
色んな問題を抱えてるグルジア、
さすがに治安もあまりよくない。

パキスタンで会ったカップルが来て、
アゼルバイジャンから男の子が2人来て、
トルコから女の子が2人来て、
7人で宴会をする。
こんな所に日本人が7人も集まるとは思わなかった。

8月11日(日)

トビリシは地下鉄が便利だ。

旧ソ連時代に作られた物らしいので、
老朽が激しいけど、
5分おきに来てくれるので助かる。

地下何階まで下がるのかはわからないけど、
エスカレーターにしては早いスピードで、
相当下までいってる。

このエスカレーターが、
いきなり止まったりするので恐い。

バザールに行ってトマトを買ってたら、
スリにあった。
ふと横を見たら、
しゃがんで俺のポケットを開けようとしてた。

結局何も取られなかったんだけどさ。

親切なおばちゃんとかに、
よく財布を気をつけろって言われてたんだけど、
これだったか。
他の旅人もバザールでスリにあいそうになったって言ってた。

あぶねーな。

8月12日(月)

軍用道路に行こうと思ってたんだけど、
寝坊してしまったのでやめた。

ルスタヴェリのあたりでウロウロして、
7ラリ約300円のステーキを食べて、
ムタツミンダの展望台へ。

7ラリで往復って交渉したのに、
あとから片道だって言い張りやがって、
結局5ラリ渡して帰した。

帰りはヒッチしてルスタベリまで。

昔はロープウェーがあったらしいけど、
今は廃虚になってる。
街が一望出来る素晴らしいところなんだよ、
そんな所のロープウェーすら直せないのかこの国は。

もう一回ロシアの属国になったほうがいんじゃないの。

8月13日(火)

3時に寝て7時に起きた、まだ酒が残ってる。

弁当を作って軍用道路へ。

世界遺産になってるムツヘタで、
スヴェティ・ツホヴェリっていう教会と、
ジュワリっていう教会に行った。

ジュワリ教会は山のてっぺんにあって、
ムツヘタの町も見えるし、
ちょうど谷を通ってる軍用道路も見えて、
なかなか景色がいい。

それから40分乗って、ジンヴァリっていう湖へ。

貯水湖らしい、水がキレイだ。
湖を見下ろすようにアナヌリ教会がある。

軽くメシを食べて、カズベキへ。

ダウリって言うところに展望台があって、
ここの景色は良かったな、
なぜか壁画もあったし、
後ろにはスキー場がある。
目線と雲の高さが同じなのがいい、
2000m以上あったんだろう。

カズベキに着いて、
町をフラフラしてすぐにトビリシに向かった。
カズベキは何もない、
たぶん1時間位歩いたところにある教会に行けば、
面白かったかも。

そういえばカズベキの北側はロシアである。
でも、地図を見たらイングーシ共和国、
北オセティア・アラニア共和国なんて、
わけのわからない国まであった。

トルコから着た女の子2人と、
パキスタンで会ったカップルと
タクシーをシェアして行ったんだけど、
そのタクシーの運ちゃんがなかなかいい奴だった。

帽子とか靴下とか手作りの物を道端で売ってて、
女の子達が買おうとすると、
しっかり値段交渉までしてくれた。
英語は喋れないけど、
ジェスチャーで教会の歴史とかも教えてくれた。

でも、帰りに携帯が何回もなって、
何か問題がおきた様子。
140キロを出して、トビリシに帰る。

運ちゃんの家らしき所について、
車を降りて小太りのおやじと喧嘩してる、
そのうち殴り合いになった。

この国のおかしい所は、
喧嘩してても誰も止めない、
それから警察官も見てるだけ、
っていうかちょっと笑ったりしてる。

すっげー気分悪い。

地下鉄の駅まで送ってもらうとき、
あいつは泥棒だみたいなことを言ってた。

8月15日(木)

ズグティディ行きのチケットを取ったんだけど、
出発前にビールを飲んで勢いがついてしまい、
結局キャンセルして夜中まで飲んでしまった。

最近お疲れぎみで、
なんだか前に進のがかったるい。

この国は2週間VISAしか取ってないからいいけど、
次のトルコはノーVISAで3ヶ月もいれる、
気をつけないとホント沈んでしまいそうだ。

8月16日(金)

トビリシからアハルティヘに行く。

夜行電車で行こうと思ったんだけど、
9時間もかかるらしいのでバスにした。

3時間でアハルティヘ。

道が悪いよグルジアは。
アブハジア独立させちゃって、
浮いた軍事費を道路の修理費にまわした方がいんじゃないの?

イランとかアルメニアより全然悪い。

この辺は数年前に地震があったみたい、
だから町はかなりボロボロ。
ホテルが一軒あってそこにしたんだけど、
ホテル全体が傾いてる。

8月17日(土)

ヴァルジアに行った。

入場料6ラリ取るくせして、
全然たいしたことがない。
12世紀に作られた洞窟修道院なんだって、
ちょっと壁画が残ってるくらい。

ここも地震にやられたらしく、
谷に石の階段とか落ちてたり、
広範囲に土砂崩れがあった形跡がある。

タクシーの運ちゃんが、
ヴァルジアにある実家に寄りたいって言うので
俺もついていった。

妹と姪っ子と自分の息子と寝たきりにばあさんがいて、
みんなで昼飯を食べる。
妹が少し英語を話せて、
「野菜は全部家で作ってるのよ」って言ってた、
チーズまで裏にいた牛の乳から
作ったって言うんだから凄い。

やっぱり田舎の人はいい人が多い。

道を聞いてもよく教えてくれるし、ボラないし、
ただ、アハルティヘでは俺が町を歩くと、
みんなジーっと見る。

「カマルジョバ」って言うと、
20人くらいに囲まれて、質問の嵐である。
「ジャポニヤ」っていうと、
感心したような顔をして、
ウォッカ飲むか?って言ってくれる。

あたたかいね、ここの人達は。

グルジア帽子が欲しいって言ったら、
みんな本気になって探したらしく、
グルジア帽子を作ってる家まで案内してくれた。

夕方、近くのさびれたバーに行ったら、
数人の団体に呼ばれた。
なんと、明日結婚をするって言う人の為のパーティーだった。

俺も参加して色々食わして貰ったんだけど、
5分に一回の割合で乾杯がある。

ウォッカを一気に飲まなければいけない。

さすがに1時間でグロッキーだったよ、
だってウォッカの空瓶が下にいっぱい転がってて、
足の踏み場がなくなってるんだから、
相当飲んだ。

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