「ふわ〜」
俺は思いきり、あくびをした。いつもなら、気持ちのいい朝のはずなのに……
チラリと、右を見る。そこにはパセリが並んで歩いている。それはいいんだ。いつもの事だから。だが、問題は俺の左側にいるやつだ。何で俺がイチゴと並んで歩かにゃならないんだ!?
「でっけー口」
俺のあくびを見て、イチゴはそう言って笑った。
「ホント、道の真ん中で恥ずかしいんだから」
パセリにまで言われちまった。いつもならそんな事、言わないのに。どうも、イチゴの影響らしいな。
昨日、姉貴とパセリにすっかり気に入られたイチゴは、夕飯の後も世間話に花が咲いて、最終的にうちに泊まった。こいつら、四時ごろまで話してんだもんなぁ。付き合わされた俺の身にも、なれっての。ったく、ねみーなー、もう。
「オメーら、元気だな……」
「あんな夜更かし、じょーしきだろ」
「そうよ……あ、ふ」
やっぱ、パセリ、無理してるな。
「授業中に寝るなよ」
「わかってるよ!」
そうは言ってもなぁ、ちょっと心配だよ。
そうこう言ってるうちに、バス停についた。
「んじゃ、気ぃつけろよ」
「うん。それじゃ、イチゴさん」
「え? あ、うん。いってらっしゃい」
パセリはいつもどおり、道をわたって反対側のバス停にならんだ。
「ねえ」
……
「ちょっと」
……
「おい」
……
「こら!」
ちょっと、しつこかったか。
「無視すんな!」
「わかったわかった! 何だよ」
「何でパセリちゃん、あっちに行くのさ? 中学って、同じ方向だよな」
「あいつ、私立なんだよ。だから、あっちで良いんだ」
「ふーん」
パセリの方のバス停に、バスが止まった。乗り込んだパセリが、俺たちの方に手を振ってる。それに、イチゴは手を振り返した。
パセリの乗ったバスが出てすぐに、こっちのバスもやってきた。
「それにしても、トマ兄はやさしいねぇ」
「何がだよ」
「ずいぶん、パセリちゃんの事、心配してたじゃないか」
「妹を心配して何が悪いんだよ」
「いやぁ。意外な一面を見たなぁと思ってさ」
また、あの意地悪な笑みを浮かべやがった。
と、俺は視線を少し落とした。
今、イチゴが着ている制服は、姉貴が昔、着ていたやつだ。
でも、姉貴が高校生だったのって、四年前だよな……物持ち良すぎるぞ、姉貴。
「どこ見てんだよ。スケベ」
俺の視線に気付いたイチゴはそう言って、自分の胸の下に腕を入れ、上に押し上げた。
「アホか。おまえの無い胸見たって、面白くねぇよ」
「んだとぉ!? 無いかどうか、触ってみろ!」
イチゴはこともあろうか、俺の腕をつかみ、手を自分の胸に押し付けようとしやがった。
「ばっかやろ! やめろ、こら!」
「ほらほら、遠慮すんなって」
うげ! バスの乗客の視線がみんなこっちに……!
「やめろっての!」
俺は何とか振りほどいた。
「いい加減にしろよ、おまえ!」
「何だよ、せっかく人が触らせてやろうと思ったのに。人の好意を無為にするとバチがあたるよ!」
どんなバチだ、いったい。
「……朝から元気がいいなぁ、おまえら」
突然の声に、俺たちはそいつを見やった。
「何だ、明日原か」
「何だはないだろ。親友に向かって」
「親友って、おまえな……」
そいつは明日原 和矢(あすはら かずや)。俺やイチゴとは同じ教室だ。俺にとっては、昔からの悪友でもある。
「あら、それとも恋人だったかしらぁ?」
突然、オネエ言葉になった明日原はシナを作って、俺にウインクをしやがった。間髪なく、蹴りを食らわす。
「おまえも朝から元気だなぁ、あぁ!?」
「あたたた……」
「あんた、そんなに怒ってばっかいると、そのうち血管切れるよ?」
俺と明日原のやり取りを見ていたイチゴは俺に言った。
「誰が怒らせてんだ!!」
そうこうするうちに、学校前のバス停についた。
「そういや、珍しい組み合わせだな、おまえら」
「あ? ああ、まぁな」
曖昧に答える俺に、明日原はニヤリと笑った。
「なんだ、付き合い始めたのか?」
思うより先に、俺は明日原の胸倉をつかんでいた。
「何で俺がこんな奴と付き合わなきゃなんねんだよ!!」
「まてこら」
言葉と同時に、俺の後頭部に衝撃が走る。んな事するような奴は、無論、イチゴしかいねぇ。
「ってぇだろ、てめぇ!」
「こんな奴とは何だ、こんな奴とは!!」
詰め寄る俺に、さらにイチゴが顔を寄せる。
「おまえ相手にゃ、こんな奴でじゅーぶんだよ」
「なに? あたしにケンカでも売ってんの? へー、あんた、女の子にケンカ売るんだー?」
「どこに女の子が居るって?」
ドッ
「グフッ……!!!」
突然の衝撃に、俺は息ができなくなった。こ、こいつ、また、ミゾオチ……
「……バーカ」
うずくまる俺を見下ろしながらそう言い捨てて、イチゴは校舎へと入っていった。
……もう、イチゴにケンカ売るのはやめよう……呼吸困難の苦しみの中、俺はそう心に誓ってみた。
「トマト〜、大丈夫かぁ?」
きっちり一部始終を見守っていた明日原が、俺の横にしゃがんで声をかけてきた。
「……てめ……いまさら……」
「ハイハイ、とりあえず、教室行こーな。立てるか?」
「……肩、貸せよ……」
「世話の焼けるやっちゃな……」
明日原の助けもあって、ようやく教室にたどり着いた。
くそー、あいつが家に来てから、何もいいことがねぇぞ?
でもまぁ、もう家にくることはないだろ。
キーンコーンカーンコーン……
ふぅ、何とか昼休みまでこぎ着けたぜ。このまま放課後まで何も起きなけりゃ良いんだけどな……
何はともあれ、メシだ、メシ!
「ト〜マト〜、こっち空いてっぞ〜」
俺がたどり着いた頃には、すでに学生食堂はごった返していた。
空席を求めてさまよう俺を手招きしたのは、誰あろう、明日原だ。
「おう、サンキュ」
「何、いいってことよ」
ホント、便利な友人だ。
「んで? 今日はいったいどうしたんだよ」
突然、明日原が訳の分からんことを、聞いてきた。
「なにが?」
「今日は、やけに不機嫌そうだからさ。今朝だって、妙に暴力的になっちゃって」
「ああ、昨日、ロクに寝てねぇからさ」
「なんだ、二人はもうそんな関係か」
「ぐ、むぐっ、ゴホッゴホッ!」
あっぶね〜。危うく、口の中の物、吹き出すところだった。
「二人ってな、なんだよ!」
「聞いたぜ。お前とイチゴがいっしょにバスに乗り込んだって」
「な……!」
「そうかそうか、トマトも男になったか。良いなぁ」
「……ハハハ、明日原君は死にたいようだねぇ……」
「……目が座ってるよ、トマト君」
「そもそも、あいつ相手に男になりたいとは思わねぇぞ、俺!」
「じゃ、逆レイプされたとか……」
プチッという、何かが切れたような音が、聞こえたような気がした。
「どんな思考回路しとんじゃ、おのれはぁ!!」
「だわ〜〜〜〜! わ、悪かったって! 落ち着け、な!?」
な!?じゃねぇだろうが!
と、その時、俺の隣が入れ替わった。
「お邪魔〜」
「ブッ!」
「きったないな〜、吹き出すなよ、バカ」
「イ〜チ〜ゴ〜! 何しに来やがった〜!」
「何って、学食にメシ食う以外に、何しに来るのよ」
グッ……はぁ、いかんいかん、落ち着け、俺。
「……そりゃそうだな……」
「そうそう」
「しかし、女の子がメシって言うのはどうかねぇ」
「いいじゃん、メシもゴハンもいっしょだろ。ねぇ?」
明日原のどうでも良いボヤキに対して、イチゴは俺に振ってきた。
「お前が言う分には、メシのほうが似合ってんじゃねぇか?」
「……似合ってるって、どー言う意味だよ……」
どうって、言葉通りなんだが……
「気にすんなよ」
「……まぁ……いいや。ところでさぁ……」
「なんだよ?」
「放課後、ちょっと待っててよ」
「……はぁ?」
「あんたんちに寄って行きたいから、いっしょに帰ろうって言ってんのよ!」
「はぁ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げちまった。オイオイ、何もこんな所で……
「なんだ、やっぱり付き合ってるのか……」
明日原の、すべてを悟ったかのような呟きが聞こえる。
勘弁してくれよ〜〜……