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ショート・ストーリー 五 電子の心

 ドン!
 唐突に背中に衝撃を受けた。
「きゃあぁぁぁ!!」
 痛みに思わずのたうち回る。
「へぇ、ノリの良い反応するねぇ、お姉ちゃん」
 辛うじて目を開けて声の主を捜すと、そこには西洋風の鎧を着込んだ男が立っていた。
 手に持つ剣にはしかし、血の跡もない。
「な…んで……」
 それだけを言うのが精一杯だった。
「演技が上手いね、ホントに」
 そう言って、男は剣を振り上げる。
「ぃやあぁぁぁぁぁぁ!!」
 頭に衝撃が走り、視界が暗転した。

「どした?」
 連れが余所見をしているのに気づいて、尋ねた。
「アレ……」
 問われた方は、見ている方向を指さした。
「なになに? どうしたの?」
「あーアレ、PKじゃん」
 何事かと、パーティーのメンバーが集まってくる。見やると、完全武装の戦士が、まだ低レベルの冒険者を攻撃していた。
「あーあ、何もあんなのまで狙わなくても良いだろうに……」
「まぁ、これも経験でしょ」
「って言うか、なんか演技しすぎじゃない? あの子も」
 仲間たちが口々に意見を交わす。
<アレって、もしかして……>
 剣士の男が仲間の僧侶に≪耳打ち≫した。
<僕らのお仲間だよねぇ。でも何か、変だね>
 剣士がばっと仲間に振り返った。
「みんな悪い! ちょっと用事が入ったんで、俺らここで抜けるわ」
「えー!」
「って、僕も?」
「あったりまえだろ! おら、行くぞ」
「みんなゴメンねー」
「今度みんなにレアアイテムくれたら許してあげるよー!」
「ふざけんなー!」
 叫びながら、剣士は僧侶を引きずって街へと戻っていった。

 少女はフッと目を開いた。目の前には十字架が立ち並んでいる。どうも墓場のようだ。
「よう」
「え……?」
 声がした方に振り返る。
 そこには二人の男が立っていた。
 一人は鎧を着込んで大剣を担ぎ、もう一人は白い服を着ていた。
 少女の目は剣士で止まった。
「……や……もうやめて……」
 その声は恐怖に震えていた。
「あー……」
 その様子に、剣士は困ったように頭を掻いた。
「はじめまして」
 白い男の方が声をかけてきた。
「は、はじめ……まして……」
「心配はしなくて良いよ。僕たちは君に危害を与える気はないから」
「はぁ……」
「僕はユタ。よろしく」
「……バークだ」
 ……
 しばらく間が開く。
「おまえも名乗れよっ!」
「ああ! ごめんなさい!!」
「どうどう。びびらせて、どうするの」
「えと、アリアです」
「んじゃ、俺は博士に連絡取るから、こっち頼むな」
「また、面倒事は僕におしつけるんだから」
「おまえの方が向いてるだろ! 何のためにおまえを連れてきたんだ。たまには僧侶らしいことしやがれ!」
「ひどいなぁ。いつも回復してやってるのに」
 そんなやりとりをしながら、バークはその場を少し離れた。
「えーと、君、自分のこと分かってる?」
「え? 自分の事って……気が付いたら、街にいて、そのまま外に出て歩いてたら、急に……」
「なるほど……何から説明したらいいかな」
 ユタは少し逡巡した。
「まずこの世界の事から説明しようか。ここはバーチャルの世界。オンラインゲームの世界なんだ」
「仮想ってそんな、嘘でしょ!? だってこうしてここに身体あるじゃない! あたしも、あなた達も!」
「んー……僕たち、僕も、あそこのガークも、そして君、アリアも、バーチャルの存在だからね。僕たちは人工知能、AIなんだ」
「そんなの! ……証拠は? 証拠はあるの!?」
「バーチャルなはずのこの世界を、リアルに感じている。それで証拠としては十分じゃないかな?」
「……じゃあ、そんなバーチャルのあたしたちが、どうしてゲームの中にいるの?」
「研究と、仕事のためにね」
「くぁー! やーっと連絡付いたぜ」
 大きく伸びをしながら、バークが戻ってきた。
「今日は早かったねぇ」
「ま、そだな」
「ねぇ、仕事って何?」
「それは追々説明するとして、だ……」
<やあぁぁぁぁっほおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!>
 唐突に、三人の頭に大声が響いた。
「きゃっ!?」
 アリアは突然のことに悲鳴を上げ、バークは眉間に手を当て、ユタは眉をしかめた。
「うっせーバカ! もっと静かに喋れよ!!」
<いやぁ、ゴメンゴメンて。そんなに怒っちゃヤダなー。それでそれで、緊急の用って何かなー?>
「えーと、博士?」
<ハイハイ、博士ですよー?>
「いや、そんなやり取りをしてる場合じゃなくてね」
<んもー、相変わらずノリ悪いなー、君は>
「僕たちと一緒にいる子、僕らと同じAIなんですけどね、どうもちゃんと手続きを踏まずにここにいるみたいなんですけど」
<……えー? ウッソーン! ユタ君、エイプリルフールにはまだ早いよ?>
「ウソついてどーすんだよ!」
<バーちゃんは、相変わらず怒りっぽいねぇ>
「バーちゃん言うな!!」
「……プッ」
 思わず吹いたアリアをギロリと睨む。
<えっとー、アリアちゃんだっけ。ちょっと経路調べるから待っててねー>
「あ、それでね、博士」
<ハイハーイ、博士だよーん>
「……彼女、どうもゲーム用のAIじゃないようなんですけど」
「ユター、あんまり青筋立てるなよー」
「……分かってるよ」
<ふーん……フムフム。えーと、ココ通ってアッチから来てー……と……あれぇ?>
「どした?」
<どえぇぇぇぇ!? 何でココがつながってるのー!! ちょっとー、チョットチョットー、冗談でしょー? ヤー、参ったなー、困ったなー>
「ええい! 俺らにも解るように喋れ!!」
<あーゴメン。とりあえず分かってることを言うなら、通信事故だねぇ。いくつかのAIを別のバーチャルエリアにアップロードしてる最中に、丁度その子の所で通信先がそこにシフトしちゃったみたいだわー。で、その子なんだけど、生活支援型ロボットの研究用AIだわねー、うんうん>
「うんうんって……それ、結構ヤバイんじゃ」
<あ、バレた? イッヤー、それにしても、よく自分たちと違うって気付いたねー、ユタ君。お母さん、鼻が高くなっちゃうよー!>
「……何かウソでもついてるって事ですかね?」
<うっわ、お母さん木で出来た人形じゃないよー?>
「そんなことより、博士……」
<ハイッ、博士でゴザイマース!>
「……」
 まるで空気でも抜けるように、ユタの身体から力が抜けていった。
「で、どうしたら良いんだ、俺ら? こいつ、このままココにいたらまずいだろ?」
<そーだねー、一応極秘扱いだしねぇ>
「いや、て言うかさ……アリア、さっき斬られてたとき痛かったか?」
「痛かったよ! 痛いでしょ普通!!」
<あ……なるほどー。そっか、そかそか、そうだよねぇ。まぁでもほら、君らって言うナイトも出来たことだし! ヒューヒュー、白馬の王子様ー!!>
「騎士か王子かどっちだよ……」
<って、あれぇ!? うわっ、やばっ!! こんな時間だよー!>
「?」
<えーとエート、あのさ、しばらく君らで保護しておいて!!>
「なんでだよ!」
<あたし、これから会合なんだよー、忙しいんだよー、許しておくれよー>
「ったく、しょーがねーなー」
<おぉ!? 嬉しいよー、ありがとー!! 帰ってきてから根本的な対処考えるから! ……あ、そうそう、君たち、相手が女の子だからって悪戯しちゃダメよー?>
「するかボケ!!」
<あはは。じゃー、またねー! アリアちゃんも、もうちょっと我慢しててねぇん♪>
「……は? あぁ、はい」
<そりでは!>
 そう言って、通信が途絶えた。
「やっと行ったね……」
 ようやく、ユタも復活してきた。
「はは、お疲れさん」
「……なんか、スゴイ人ね……」
「あんなでも一応、人工知能の権威らしいけどな」
「そう言えば、さっきの質問ってなんだったの?」
「ん? ああ、痛かったかって奴か?」
「そうそれ。斬られたら痛いに決まってるじゃない。なんとか死なずに済んだみたいだけど」
「いや、正確には死んだんだよ。ゲーム内の話だけどな」
 アリアはキョトンとした。
「……えぇ!?」
「ゲームだからな、死んでも生き返ることは出来るし、ダメージもあくまで数値上のデータでしかない。普通にプレイしている人間にとっては実際に痛みを感じるはずはないんだけど、俺たちみたいな、バーチャルが本体になりうる場合は、そうは行かないのさ」
「じゃあ、あんた達だって斬られれば痛いはずでしょ!」
「僕たちはゲーム用に作られてるからね、痛覚が全くないわけではないけど、極力抑えられてるんだ。あと、死への恐怖って奴もね」
「えー! じゃあ、こんな痛い思いするのはあたしだけなの!? そんなのずるいじゃない!!」
「ずるいってなぁ……」
「君が生まれた目的を考えれば、仕方ないことなんだけどね」
「なにそれ?」
「君、生活支援型ロボットでしょ。人間と一緒にいて手助けすることになるわけだから、人間の感覚に近く作られてるのさ」
「へー」
「……って、バークが感心する所じゃないだろ……」
「いや、俺も基本的なことは知ってるけど、おまえ程はしらねーからさ」
「ま、アカデミーでもそこまでは教えてなかったからねぇ」
「アカデミーって?」
「AIのための学校さ。人間の一般常識とかな。一応基本的なことは刷り込まれているけど、それも学習の結果だし、同じ教えるなら、いっぺんに教えた方が手間も省けるだろ」
「なるほどねー……むー、でもヤッパリずーるーいー」
「だだっ子か、おまえは!」
「だって、せっかくなかなか体験できないようなゲームの世界に来たのに、これじゃ楽しめないじゃない!」
「……って言うかね、楽しむ楽しまないの前に、君のプログラムが持たないかもしれないよ」
「……どういうこと?」
「痛みを誰よりもリアルに感じ、そしてたぶん、死そのもそのもリアルに感じているはずだからね。そしてゲームの世界というのは極めて死にやすい世界だ。それ故に簡単に生き返ることが出来る。君の場合、何度でも、リアルな死を感じることになる、と言うわけさ。それは決して通常の状態じゃないでしょ」
「じゃあ、何するのよ。ここじゃやること無いじゃない」
「無いこともないんだけどな。ひとまず博士が帰ってくるまでは、大人しくしておくか」
「そうだねぇ。今日は上がっちゃおう」
「上がるってどこへ?」
「俺たちにも家ってのはあるんだよ。こことは違うバーチャルエリアだけどな」
「へー、行ってみたーい!」
「引きずってでも連れて行くから安心しろ」
「あたしは物扱いかー!」

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