さださん
 
蹉だ山

こんごうふくじ
  金剛福寺

 
 四万十川は、高岡郡不入山を源とし、山間を蛇行しながら南へ向って流れていきますが、ここ窪川町で北に流れを大きく変えて流れていき、西土佐村でまた南に向って大きく流れを変えて中村市で土佐湾に流れる込む清流です。この岩本寺から中村市を通り抜け次の足摺岬の第38番金剛福寺までの距離は97キロもあり、札所の間の距離としては最長です。(字のとおり、足を摺り減らすほど大変です。)
 「おせったい」
 東京都出身、3度目の歩き遍路さんへ、おせったいをさせていただきました。 
 土佐湾沿いのR56を中村市を目指します。
 「大文字山」
中村市内、四万十川に架かる渡川大橋を渡りきると足摺サニーロード(R321・意味はおわかりですね)に入り、四万十川沿いを南下して足摺岬を目指します。
 中村市は一条教房が応仁の乱をのがれてここに中村御所を造り京文化を伝えたので、四国の小京都と呼ばれています。
 足摺岬へ向うR321(足摺サニーロード)の車中からは大文字山が見えます。天気が崩れ小雨がぱらつくようになりました。
 「山門」
 
 「本堂」
 亜熱帯植物が生い茂る四国最南端の足摺岬。弘仁年間(810〜824)、この岬に立った弘法大師は、この地こそ観音信仰の霊地と感得して嵯峨天皇に上奏し、三面千手観音菩薩像を刻んで寺を開創した。天皇から賜った「補陀落東門」の勅額が寺に現存している。
 生きて観音浄土を目ざすという補陀落渡海の霊場として、歴代の天皇や諸大名の帰依もあつく、大伽藍と多くの寺領を擁する土佐最大の寺院として栄えた。

 
 「大師堂」
 「中浜万次郎の銅像」
 第38番金剛福寺は、四国最南端、足摺の付け根にあります。山門を出て、道路を挟んで岬の突端まで続く遊歩道の途中には、ジョン万次郎像があります。
 「足摺岬」
 雨風が吹きつける
展望台から見下ろす足摺岬は、その昔、観音さまのおられる補陀落浄土がこの海の彼方にあると信じ、「あの世」をめざす捨身行(入水往生)がおこなわれた聖地です。打ち寄せる波が岩にあったって打ち砕ける様は雄大絶景です。
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