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日本語と漢字


 当然のことながら、私たち日本人は「日本語」から離れることはできない。
普段の会話にしても、この寄稿文を書くためにワープロを操作するときも、黙って頭の中でものを考えるときも、まず日本語で考えて、次に何らかの行為を行うことになる。

その日本語である。

■日本語

 ヨーロッパのように、一定の地域に多数の民族がひしめき合っていると、言語は自然と互いに影響し合って変化していく。複数の言語から、ある種の「共通点」を見つけるのは容易なことだという。共通点とは、文字の綴りであったり、発音であったり、文法などを指す。

たとえば「名前」を意味する英語はNAMEだが、ドイツ語でも名前はNAMEで綴りは同じになる(発音は違うが)。また両者の文法は、ほぼ同じといっていい。
これは一例だが、ヨーロッパの言語の系統を図示すると、あたかも木のように幹となる基本言語あって、そこから枝分かれして各言語が生れているように見える。この基本となる言語を「祖語」といい、英語、ドイツ語、オランダ語、ノルウェー語などは、「ゲルマン語」を祖語として派生した親戚のような言語なのだ。

これはただのイメージです


 さて、日本語にも「祖語」があるが、この日本祖語から派生するのは、いわゆる日本語と琉球語しかなく、日本祖語(以下日本語)を話すのは日本人以外存在しない。多くの国で「公用語」となっている英語とは大違いである。日本語は、他のいかなる言語体系とも異なる「孤立した言語」なのだ。しかしなぜ孤立したのかは、謎である。

また日本語は、発音の種類が極めて少ないことでも知られている。
基本となる発音は、アイウエオを中心とした母音で、雨と飴の発音はどちらも「あめ」で、両者の違いはアクセントだけ。

これに対し中国では非常に多くの発音があり、あらゆる発音が漢字で表現できるという。
一例をあげれば漢と関では、日本語の発音はどちらも「カン」だが、中国では漢の発音は「ハン」、関のそれは「クァン」に近いらしい。
中国語に限らず、外国語は日本語に比べ発音の種類が多いのだ。日本人は長年英語を勉強してもヒアリングはともかく、話すのがニガテなのは、生まれつき多種多様な発音に慣れていないためではないか・・などとふと思ったりする。

■漢字の変遷

 日本語の表現には、漢字が不可欠である。
いうまでもなく漢字は古代に中国から伝来したものだが、普段私たちはそれを意識することはない。それほどまでに漢字は、「日本語」になっている。
漢字もいろいろな変遷を経て、今日私たちが目にする形になった。中国史上最古の王朝は殷王朝(紀元前1700年ごろ〜紀元前1046年)だが、もっとも初期の漢字である甲骨文字が、その遺跡である殷墟(いんきょ)から出土した。

 甲骨文字とは、亀の甲羅や牛や鹿の肩甲骨に、刃物で刻まれた文字で、現在4000文字ほど知られている。非常に難解で、現在解読されているのは1000文字位である。
発見のキッカケは1899年、清国の官僚だった王懿栄(おういえい1845〜1900)が、薬屋で売られていた竜骨という獣骨に、文字らしきものが刻まれていたのを見つけたことによる。その後、それまでは史記(司馬遷)には載ってはいたものの、ただの伝説にすぎないと思われていた「殷王朝」の実在性が一気に具体化し、研究されるようになった。

 甲骨文字の次は、青銅器に刻まれた文字(金文 きんぶん)が知られる。
殷の末期から、次の王朝の周を経て、秦の始皇帝が中国全土を統一(紀元前221年)するころまでのことになる。金文を基に考案されたのが篆書(てんしょ)で、それを刻印したのが篆刻(てんこく)である。この書体は、現在でも印鑑などに使われている。

左から 甲骨文字、金文、篆刻

■説文解字

 秦では、各地域ごとに独自の文字が作られ使われていたが、始皇帝は秦の文字である隷書(れいしょ)を正式文字とし、他の文字の使用を禁じた。そして漢の時代になって、この隷書を系統的に研究した書物が生まれた。

説文解字(せつもんかいじ)」という。

 説文解字は西暦100年、許愼(きょしん 58〜147?)という儒学者があらわした、最古の漢字字典である。漢字を540の部首に分類し、字義・成り立ちを説明し、約10500文字を収録。中には明らかに間違っている内容もあるが、現在でもその価値は失われていない。
現在、説文解字の原書は失われているが、その解説本(説文解字大徐本)が伝わっている。日本では、それ以前の解説本を書写したもの(説文解字木部残巻)があり、国宝になっている。西暦820年のこととされている。

説文解字木部残巻

■隷書から楷書へ

 草書は隷書を簡略し、早く文字を書くための方法として考案された。その次に隷書や草書を意識しつつ、崩し方を工夫したのが行書であり、行書を整えて、字の模範・手本としてつくられたものが楷書である。漢字はまず楷書があって、それを簡略化したものが行書や草書であるようなイメージがあるが、実際の順序はちがう。
しかし楷書も作られたときから「完成された文字」ではなく、時代や地域でちがいがあった。このため楷書における正しい字体の研究は、学問の対象にさえなった。字様学という。

開成石経(かいせいせっけい)とは、石碑などに刻まれた仏教などの経典だが、837年になって唐(当時の中国)は、開成石経の一つを楷書における正式字体とした。正しいとされる字体が、国家によって定められたのだ。

■明朝体

 この唐の時代に発明された印刷術によって、「印刷用の書体」という新しい楷書がつくられるようになった。
当時の印刷は「版木」という板に墨で字を書き、それを刀で彫って版下とする。字は手書きだから、当然同じ字でも微妙に異なる。しかし印刷に求められたのは、違いや個性ではなく、「均一性」だった。

こうして均一ではあるが、個性のない印刷用の書体が生れた。宋体という。
明の時代になると、宋体は一般に横線は細く、縦線は太くなった。それ以外の主な特徴として、横線は右端で三角のように盛り上げる(左図○印)。また左へのはらいは上が太く下は細く、右へのはらいは、その逆になる。
江戸時代、この書体が明から輸入された書物で広まった。明朝体である。

「東」を例にした漢字の変遷を紹介するが、各書体は一例であって、書く人によって微妙、あるいはかなりのちがいが生じる。

1 甲骨文字 2 金文 3 篆書 4 隷書 5 草書 6 行書 7 楷書


 
■独自文字 漢字圏

 韓国のことはわからないが、日本では独自に作られ使用された漢字がある(和製漢字)。峠、畑、笹、麹、鱈などがそれである。
また漢字ではないが、カタカナやひらがなも漢字から派生した「独自文字」である。

独自文字には、中国周辺では西夏文字、契丹文字、女真文字などがあり、ベトナムにはチュノム(喃字)という文字があった。これら周辺諸国(周辺民族)では、古くは漢字が唯一の書き言葉だったが、次第にそれぞれの地域の実情に応じて独自の新しい文字を考案するようになったのだ。
こうした文字は、かつてはそれぞれの民族内で公用語として使われたが、現在は歴史のひとコマとして扱われているにすぎない。(ハングルも「独自文字」になる)

西夏文字 契丹文字
女真文字 チュノム(喃字)

 

■万葉仮名

 万葉仮名は、飛鳥時代から奈良時代にかけて、日本語を表すために、その発音に応じた漢字を、その意味に関係なく割り当てたものをいう。万葉集に多く使われたため、万葉仮名といわれた。

あ  安、阿、足、網 など
伊、射、寐、以、己、移、異、去
宇、烏、有、于、得、菟、鵜、卯など
得、衣、榎、愛、役など
於、意、憶、應など

 

たとえば安伊宇得於と書いて「あいうえお」と読む。阿射有衣應でもいい。伊散里日とは「いさりび(漁火)」のことである。次の歌は、万葉集の冒頭にある雄略天皇の作とされる歌だが、読み方を考えてみてください。

籠毛與 美籠母乳 布久思毛與 美夫君志持 此岳尓 菜採須兒 家吉閑名 告紗根 虚見津 山跡乃國者 押奈戸手 吾許曽居 師吉名倍手 吾己曽座 我許背齒 告目 家呼毛名雄母

《読み方》

籠もよ、み籠持ち、掘串もよ、み掘串持ち、この岳に菜摘ます兒、家聞かな告らさね、そらみつ大和の国は、おしなべてわれこそ居れ、しきなべてわれこそ座せ、われにこそは告らめ、家をも名をも

こもよ みこもち ふくしもよ みふくしもち
このをかになつますこ いえきかなのらさね
そらみつ やまとのくには おしなべて われこそをれ しきなべて われこそませ われにこそはつらめ いえをもなをも

《意味》

良いかごを持って、良いふくし(土を掘るヘラ)を持って、この丘で菜を摘むお嬢さん。あなたの身分と名前を教えてください。私は大和の国を治めているものです。だから私もあなたに告げましょう。私の身分も名前も。

ここでも書いたように、古代、女性に名を尋ねるのはプロポーズのこと。

■外来語と漢字化

 戦国時代、日本に訪れたポルトガル人や、スペイン人などとの交流から生れた言葉がある。
たとえば天婦羅(天麩羅)。
その語源は、ポルトガル語で「調理」を意味する「tempero」で、漢字の当て字が天麩羅(天婦羅)になる。(他にも諸説がある)。
またこんぺいとう(金平糖)の語源も、ポルトガル語で「砂糖菓子」を意味するコンフェイト(confeito)といわれている。

 明治時代になると、欧米諸国から外来語がどっと入ってきた。当時は、こうした外来語をカタカナで表示する習慣はなく、明治の人はそれを漢字で表現した。それを意味する適当な日本語がない場合、発音に似た漢字を当てた。天婦羅、金平糖と同じ方式である。
こうして作られた文字には、例えばガス(瓦斯)、クラブ(倶楽部)、ロマン(浪漫)、混凝土(コンクリート)などがある。

 一方、日本で独自に作られ生れた言葉もある。外国から伝わった言葉の意味や概念を理解し、それにふさわしい漢字をあてた。
内分泌、体系、時候、公害、印税、赤外線・紫外線、哲学、共産主義、喜劇、悲劇、友情など。
共産主義は、漢字の本場中国でも使われている。
安易に横文字を使う昨今の風潮とは違う、明治人のこうした努力に、私は、深い敬意を表したい。

テレビドラマ・マザー 
なぜ「母」ではなくて「MOTHER」
なのか、私にはわからない

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