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神話と天皇

国生み


■建国神話

 世界には多くの国があり、それぞれの国はいろいろな民族と、それが持つ文化・文明で構成されてきた。どんな文化・文明でも全く純粋なものはなく、他の多くの文化・文明の影響を受けてきたが、その積み重なった影響を削除していくと独自のものは存在しなくなってしまう。
民族という観点から見ても同様で、「独自性」を発揮する方法の一つとして国は神話をつくる必要があった。

 建国神話とは、その国は神によってつくられたとか、支配者は神の子孫であるとかを主張し、支配の正当性の根拠とするためのものが多い。古代、権力者(支配者)は、自己の権力(支配)の正当性を主張する必要があった。単に力ずくで支配しても、それは暴力団の縄張り支配と同じで長続きするものではないからだ。
現在は正当性を主張する必要はない。選挙で当選したことが何よりの「正当性」なのだから。

 歴史上多くの場合、その正当性は神からの授かりものとされた。
わかりやすいのが中世のヨーロッパの王権神授説で、支配権(王権)は神から与えられた神聖なもので、被支配者(民衆)は王に絶対服従しなければならないとされた。これが古代中国では、支配者(皇帝)は天が人類の中から優れた者を選び我が子とみなし、人類を管理監督させるべく皇帝に任命したという。天が子とみなすことから、中国の皇帝は「天子」と呼ばれた。

 建国神話は、支配の正当性だけではなく、人類の始祖を説明することもある。アダムとイブは神に作られた。ローマを建国したというロムルスとレムスの双子の兄弟は、軍神マルスの子で狼に育てられたという。南北朝鮮では建国者檀君(だんくん)の父恒熊(かんゆう)は、天帝桓因(インドラ)の子で、女性の人間になった熊との間に王倹(檀君)を生んだという(檀君神話)。またモンゴル人の祖先は、蒼き狼と白き女鹿の子ともいわれる。

 建国神話のない国もある。
たとえば、アメリカ移住者である白人達には建国神話はない。
代わりにあるのが神話ではなく、移住者の一部を「清教徒」して讃えることだった。

しかし移住者は、清教徒などという美しい名前の集団ではなく、実際は無法者の集団で、先住民族(アメリカインディアン)にとって殺戮と病気、暴力をもたらす恐怖の侵略者だった。彼らがプリグリムファザーと讃えられたのは、アメリカの歴史上での最初の欺瞞としかいいようがない。

■国生み

以下、主に古事記を参考に記す。

 まだ世界が天と地の区別もなく混沌としていたころ、高天原に天之御中主神(あまのみなかぬし)、高御産巣日神(たかむすび)、神産巣日神(かみむすび)という三柱の神が現れた(造化三神)。つづいて宇摩志阿斯訶備比古遅神と天之常立神の二注が現れ、やがて隠れた。この五注の神々を別天津神(ことあまつかみ)という。

 つぎに七柱の神が現れた。最初の二柱、国之常立神と豊雲野神は別天津神の神々同様独神(男女の区別はない)だった。この後、宇比地邇神と須比智邇神、角杙神と活杙神、意富斗能地神と大斗乃弁神、淤母陀琉神・阿夜訶志古泥神、伊邪那岐神と伊邪那美神がつづく。
別天津神から引き継がれた天地創造は、最後(7番目)の伊邪那岐神とのとき、一応形が出来あがる。



天沼矛で下界をかき混ぜる
イザナミ(左)とイザナギ(右)

 

 ●大八島

 伊邪那岐、伊邪那美(以下イザナギ、イザナミと記す)は、別天津神から、依然として混沌としていた大地を完成させることを命ぜられ、天沼矛(あまのぬぼこ)を渡された。天浮橋に立ち、この矛を下界ににさしのべてかき混ぜてから引き上げると、矛の先から滴り落ちるものが堆積し固まって島ができた。淤能碁呂島(おのごろじま)という。
それから二人は島に降り、柱(天の御柱)を建て、その柱をイザナギは左回りに、イザナミは右回りに回った後、結婚した。

この二人から最初に生まれた子は不幸にも重度の傷害児だった。二人はこの子を蘆の舟に乗せて流してしまう。
それから二人には、後の日本の国土になる八つの大きな島(大八島)、六つの小さな島、山や海をはじめとする多くの神々が生まれた。しかしイザナミは、最後に火の神軻遇突智(カグツチ)を産んだため、陰部を焼かれて死んでしまう。

イザナギは妻が忘れられず、彼女に会いに黄泉の国へ行くが、イザナミの変わり果てたすさまじい姿に恐れをなして逃げ帰り、筑紫の阿波岐原(檍原)で禊を行なうと様々な神が生まれた。最後に、左眼から天照大御神、右眼から月読命、鼻から素戔嗚尊が生まれた。

淡道之穂之狭別島( 淡路島のこと)    
伊予之二名島(四国のこと)
隠伎之三子島( 隠岐の島のこと)
筑紫島( 九州のこと)
伊岐島( 壱岐島のこと)
津島( 対馬のこと)
佐渡島( 佐渡島のこと)
大倭豊秋津島( 本州のこと)

 


 ■別天津神

 系図のトップ、別天津神の五柱だが、古事記では、つぎの神代七代を含めて神々の詳細は書いていない。ただ現れて、やがて隠れた、とだけ書いてある。
神代七代の神々もそうだが、稗田阿礼(生没不明、古事記の編集者の一人)は、何の目的・理由があって書いたのだろうか。

別天津神だが、出現した順と役割を書けばこうなる。

造化三神  

天之御中主神
(あめのみなかぬしのかみ) 
天の中枢にある根本的な神という意味。
古事記では天地開闢(てんちかいびゃく)の際、高天原に最初に出現したという。
高御産巣立日神
(たかみむすび)
「むす」は創造生成を意味する。
男神的要素を持つ高御産巣立日神と、女神的要素を持つ神皇産霊神と対になって男女の「むすび」を象徴する神でもあると考えられる。
神産巣立日神
(かみむすび)
  宇麻志阿斯訶備比古遅神
(うましあしかびひこぢ)
古事記では造化三神が現れた後、まだ地上の世界が水に浮かぶ脂のようで、クラゲのように混沌と漂っていたときに、葦が芽を吹くように萌え伸びるものによって成った神としている。4番目の神である。日本書紀本文には書かれていない。(Wikipediaより)
天之常立神
(あめのとこたちのかみ)
日本書紀では天常立尊と表記される。天(高天原)そのものを神格化し、天の恒常性を表した神である。

 

 ここで最初の神、天御中主神のことである。
この名前を単純に考えれば、この神は天の中心に位置する、と意味になる。

では古事記のいう「天」とは何なのか。
おそらくだが、古事記は古代中国の「天」の思想からかなりの影響を受けていたと思われる。古代中国の天とは人の上の存在であり(当然だが)、その中心には「天帝」がいて天界(宇宙)はもとより、地上のあらゆるものの支配者であったという。

天帝は、人にそれぞれ生きる使命を与え、それに従って生きる者にはこれを助け、反するものには罰(天罰)与えるとされた。
また天帝は、人類の中から優れた者を選び、我が子とみなし(天子という言葉の語源)、人類を管理監督することを命じた。(つまり支配者になること) 

 天帝の概念は、殷や周など、時代と共に変遷もあり一貫したものではないが、道教では最高神を元始天尊といい、太上道君、太上老君の、合わせて三柱を指す(三清ともいう)。さらに元始天尊を補佐する神として、四柱の神(天帝)があった。四柱とは、四御(しぎょ)ともいい、玉皇大帝北極紫微大帝、天皇大帝、后土をいう。ちなみに天皇大帝は、日本における天皇の語源になっている。

 時代が下ると、玉皇大帝が道教の最高神となり、天の中心に位置するところから北極星が神とみなされ、北極紫微大帝と同一のものとされた。
さらに、北斗七星を神格化である北斗星君を取り込むようになった。北斗七星信仰は仏教にもあり、妙見菩薩が信仰対象になっている。この神を祀るのは、妙見神社とか妙見寺などという。天御中主を祀る神社は妙見宮や水天宮があり、どちらも総本宮は福岡県である。

三清

妙見宮(福岡県北九州市)

水天宮(福岡県久留米市)

 天地開闢のとき、世界は天地の区別はなく混沌としてた・・・このような話は世界各地にあるが、この五柱、とりわけ造化三神は天地を分けるためだけに登場したのだろう。この五柱は、現れたものの「やがて隠れた」というが、いい方は悪いが、それだけの役割だったのかもしれない。

■神話の分布

 神話学者の吉田敦彦氏は、「日本文化は吹き溜まり」といった。吹き溜まりとは、西の大陸から来た文化は日本で止まる。南や東方から来た文化も日本で止まるということで、日本は世界各地域から伝わって来た文化の終点ということで、決して悪い意味ではない。

 神話も同じで、日本神話と外国の神話に類似性のあるものも少なくない。代表的なのはスサノオのヤマタノオロチ退治だろう。
これは、ギリシア神話のなかの、アンドロメダのためにメドゥーサ(ゴーゴン)を退治したペルセウスの話ときわめてよく似ている。
旅の若者が、怪物に苦しめられている村で、怪物を倒して生贄にされかかった娘を救いやがて結婚する・・・このような話は世界いたるところにあり、ペルセウス・アンドロメダ型神話と呼ばれる。

 「捜神記」という古代中国の書物には、湿地帯にすむ大蛇を鎮めるため住人は乙女を生贄に捧げていた。生贄がその少女の番になったとき、彼女は用意した香りのよい団子を大蛇の巣の近くに置くと、香りに誘われて大蛇はその団子食べようとした。彼女が連れてきた犬が大蛇にかみつくと、彼女は剣をふるって大蛇を斬った。話を聞いた王は彼女を妃にした。

 これも中国の話だが、狩人のチェンは山の上で不思議な黒雲を見たので、矢を放つと女性用の靴が落ちてきた。翌日チェンは王の娘が大蛇にさらわれたので、助けたものは王の婿にするという布告が出ているのを知った。チェンは大蛇を洞窟で発見し、寝ている間に首を斬り王女を救った。後に二人は結婚した。またインドシナにも竜に捧げられた王女を神剣で救う話があるという。

 イザナギ・イザナミが天沼矛で島を作った話は、「島釣り神話」と呼ばれ、南太平洋、東南アジアに分布しているという。ポリネシアのマルケサス島では、カヌーに乗った神が海から陸を引き上げたという。ニュージーランドでもマウイという神が海中から陸を引き上げたという。
このように日本神話には、海外の神話との共通点があるものが少なくない。

少数だが、神話のタイプをまとめればこんな具合になるだろうか。

概略 分布(日本を除く) 日本では
島釣り 陸の起源。神が陸を海底から釣り上げた ポリネシア、メラネシア、ミクロネシア イザナギとイザナミが淤能碁呂島を釣り上げる
島生み 夫婦の神が島を産んだ ハワイ、ニュージーランド イザナギ、イザナミ
死後の国訪問 死んだ妻に会いに死後の世界に行く。
逃げる夫を追いかける妻。しかし妻には障害物が複数あって追いつけない。
ニュージーランド イザナギ、イザナミ
バナナ型(※) 人の命が永遠か寿命があるか。
神からバナナと石の選択を迫られ、食べられるバナナを選んだ人間は、
寿命を持つようになる(石は不老不死の意味)
インドネシア、ニューギニア ニニギノミコト、コノハナサクヤヒメ、イワナガヒメ
釣り針 主人公は、借りた釣り針をなくしてしまう。返還を要求された主人公は、
海底に行きやっとの思いで見つけて上陸し、釣り針を返す。
ミクロネシア、インドネシア 海彦、山彦
ペルセウス・アンドロメダ 旅の若者が、怪物に苦しめられている村で、生贄となるはずの娘を助ける。
その後二人は結婚する
ヨーロッパ〜南洋 スサノオ、クシナダヒメ
日食 太陽神には月と弟(あるいは妹)がいる。太陽神が悪行をはたらく弟(あるいは妹)に怒り、洞窟に隠れると世界は闇になる。 インド〜アメリカ西海岸 天照大御神の天岩戸神話
神の降臨 天空から支配者が降りてくる   天照大御神、ニニギノミコト
ハイヌウェレ その少女(女神)は宝石や穀物を汚物として排泄する。
殺して埋葬すると様々な穀物が発生する。農耕の起源を示唆する。
東南アジア〜太平洋広域 スサノオ、オオゲツヒメ

※バナナ型神話。

 スラウェシ島(セレベス)の神話では、初め人は、神から与えられる食物を食べていた。ある日、創造神は石を下したひとは、「石は食べられない、何か他のものを下さい」と神に叫んだ。

やむなく神は代わりにバナナを与えたので、人々は走りよってバナナを食べた。
すると天から声があって、「お前たちはバナナを選んだから、お前たちの生命はバナナのように限りがあるものになるだろう。石を選んだならば、不老不死であったのに」といった。

 これが日本神話では・・・
天照大神の孫、邇邇芸命(ニニギノミコト)は地上に降り立った後、絶世の美女、木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)と出会う。それを知った姫の父の大山津見神(オオヤマツミ)は、それを喜んでサクヤヒメの姉石長姫(イワナガヒメ)も嫁がせようとした。しかしニニギは、イワナガヒメは醜かったので断り、サクヤヒメとだけ夫婦になった。
オオヤマツミは怒り、イワナガヒメを妻にすれば岩のように永遠の命を得られるのに、サクヤヒメを妻にしたから、貴方は花のように儚く寿命を持つようになる、といった。

■イザナギとイザナミ

 イザナギとイザナミは、高天原から降り立った淤能碁呂島(オノゴロジマ)で天の御柱を立て、そこを中心に回り、夫婦となった。
しかし最初に生まれた子は、水蛭子(ヒルコ)といい身障者だった。
古事記はヒルコについて具体的なものは書いていないが、手足の不自由な子といわれている。このため、夫婦は蘆の舟で流されてしまった。

 私は、以前からイザナギとイザナミはの本質は蛇(蛇神)なのではないか、と思っている。
理由はいくつかあるが、ヒルコは蛇の子は蛇なので手足が不自由(そもそも手足がない)なのは当然だろう。

つぎにイザナギの「ナギ」は、蛇の古語であること。蛇の古語はこれだけではなく、カカ、カガ、ナガ、など実に多い。
蛇とすれば、イザは「誘う」という意味と思われるから、イザナギは「誘う蛇」ということか。アダムとイブを誘惑する蛇のようだ(笑)

つぎに、中国の神話上に三皇五帝と呼ばれる帝王がいる。三皇とは伏羲(フギ)・女媧(ジョカ)・神農(シンノウ)、五帝王とは黄帝・顓頊・帝嚳・帝堯・帝舜をいう(異説もある)。
伏羲と女媧は人頭蛇身で、大洪水にも生き抜き人類の祖となったと伝えられる。また神農は薬草を調合し、病人を救ったという。

二人の画像は、下図(左女媧、右伏羲)のとおりで、イザナギ・イザナミのように御柱はないが、体を互いにねじれ合っている。二人は手にコンパスと曲尺(かねじゃく)を持ち、背後の上には太陽、下には月が描かれている。また北斗七星のような星座もある。これは中国の伝統的な宇宙観を現わしているらしい。

伏羲と女媧 天の御柱(兵庫県南あわじ市)・・はてさて??

 さらに二人の子に、海神大綿津見(オオワタツミ)がいるが、その娘豊玉姫(トヨタマヒメ)はニニギの子火折(ホオリ 山幸彦)の妻である。豊玉姫が子を産むとき、決して産室を見てはならない夫にいうが、夫のホオリは興味本位で産室を覗くと妻は鰐(わに)に姿を変え陣痛に苦しんでいた。
出産後、姿を見tられた豊玉姫は怒り、海底に姿を隠してしまった。生まれた子は鸕鶿草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)といい、豊玉姫の妹の玉依姫(タマヨリヒメ)に育てられ、後に彼女を妻にした。生まれた子が後の神武天皇である。

 オオワタツミは海神であり、その本質は龍神である。親が龍神なのだから、二人の娘も当然蛇神、龍神になる。龍は蛇が進化したものだという。海千山千という言葉があるが、これは蛇は海に千年、山に千年住めば龍になるという中国の話が語源らしい。

それとトヨタマヒメは、人(神?)に姿を変えた鰐だった。
この鰐とは海の生物ではあるが、もちろん爬虫類のワニのことではない。古代から現代まで、日本にワニはいない。

 古代、蛇は世界各地で、信仰の対象でもあった。現在でも、神社のしめ縄(二匹の蛇が絡み合っている様子)、鏡餅(とぐろを撒いている様子)、案山子(田畑の守り神)など多くのものが現在にも残っている。

蛇については、ここにもう少し詳しく書きました。

日本神話には、蛇がたびたび登場する。
八岐大蛇(ヤマタノオロチ)もそうだし、孝霊天皇(七代天皇)の皇女倭迹迹日百襲姫命(ヤマトトトヒ モモソヒメ)は、夜ごとに通ってくる夫(古代は同居ではなく夫が妻のところに通うことが多かった)の正体が蛇と知り、驚いて無残な死を遂げた。

閑話休題

イザナギ・イザナミが蛇で、その子オオワタツミも蛇なら、天照大神や素戔嗚はどうなのか・・・。
これについては、別のコンテンツに書くことにする。


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