ベースアンプの修理
友人のK君からベースアンプ、グヤトーンGA-940(S/N 8207520)の修理を頼まれました。
楽器用アンプの修理なんてはじめてのことで、いろいろ面白い経験をさせてもらいました。
構成は12AX7 - 12AT7 - 6L6PP。
あまりにも古く回路図はもうメーカーにもないようなので、やむなく自分で配線を追っていきました。下のとおりですが、間違いないでしょう、多分。
それにしても70Kの抵抗とか、0.05uのコンデンサとか、E24系列を無視した部品に作られた年代を感じます(^.^)
交換した部品の一部。 100μ350V、20μ500Vのブロックコンデンサ。0.5μのオイルコンデンサ。 Atlas と書いてあります。 シリコンダイオードはオリジン電気のSE-0.5! なぜか傾いている出力トランス。 パイプのような抵抗は70KΩ。この色の抵抗に懐かしさを感じるのは私だけではないでしょう(^。^) この黄緑色の抵抗は今では買えない。 |
●不良箇所と原因真空管をはずして電源スイッチを入れました。
古い機器なのでちょっと緊張します(^.^)無負荷状態でB電源は約510Vの電圧です。
デカップリング段の電解コンデンサの耐圧は500V。もたもたしていられない・・・。不良箇所はすぐわかりました。
何気に6L6のプレートにつながるソケットの端子を計ったところ、片側の電圧がゼロです。
出力トランスの一次側が片方断線しています。トランスはほとんど永久と思っていたのでちょっと意外。しかし、なぜ断線してしまったのか。
これまた何気に6L6のコントロールグリッドにつながる端子(0.05uの6L6側)を計ったら、マイナスになっていません。
上側14V、下側0.2Vです!カップリングコンデンサ0.05uが劣化して、前段(位相反転段)のプレート電圧が漏れているのです。
この劣化は経年変化でしょうからやむを得ません。回路設計上の問題もありました。
6L6を固定バイアスで使う時、グリッド抵抗の上限は100Kです。
しかしこのアンプでは220K。おそらくこの二つが原因で6L6に過大なプレート電流が流れ、グリッド抵抗の大きさも手伝って熱暴走をおこして出力トランスの一次側が断線したと推察されます。
メーカーの設計者が6L6のグリッド抵抗の上限を知らないはずがありません。知らずに220Kにしたのなら、その人はエンジニアではありません。誰か回路をよく知らないユーザーが勝手に改造したのではないかと思われます。
●リメイク版さて出力トランス(ノグチ PMF-G8)を変更したら無事に音が出るようになりました。それだけではなく何分古いアンプなのでコンデンサー類は全部交換です。
赤い部品が交換したものです。
デカップリング段のコンデンサは図のように2段重ねです。
真空管を外した状態でのB電圧は約510Vになるのでこうしました。それとセオリーどおり電圧を安定させるため470Kの抵抗を並列につないでいます。3個のシリコンダイオードには電解コンデンサを保護するため10Ωの抵抗を入れています。また、熱暴走を防ぐため6L6のグリッド抵抗は91Kとして、おまじないで共通カソードとアースの間に30Ω5Wの抵抗を入れました。
それとデカップリング段の抵抗4.7Kは39Kに変更してあります。
4.7Kだと供給電圧が約410V、12AX7のプレート電圧は約290Vと高すぎるからです。変更後は約240Vになりました。
さて出力段です。
回路図には描きませんでしたが、2個のスピーカーが並列でつながるようになっています。出力トランスの二次側は4Ωです。これも理解に苦しむところです。
8Ωのスピーカーを二つ使うのを前提にしているのでしょうか?そうでないとスピーカーのインピーダンスや、使う数でトランスの一次側インピーダンスも、6L6の動作点もその都度変わることになります。
ところで、この出力トランスは一次側のアンバランス電流が30mAというすさまじさです!
これから想像するに、そもそも演奏家って真空管の動作ポイントなんて考えていないのかもしれないし、どんな使われ方をしても回路や部品がそれに耐えられるようになっているんだろう・・・と私なりに納得してます(笑)
出力トランス(ノグチ PMF-G8) 出力トランスの詳細は http://noguchi-trans.co.jp/index.php?main_page=product_info&manufacturers_id=1&products_id=2840 にあります。
●回路のおもしろさ
話には聞いていましたが、楽器用のアンプはオーディオ用とはだいぶ違いますね。
思いつくままに書いてみます。(1)増幅段の動作点
電力段はプレート電圧470V、スクリーングリッド435V、バイアス-50V、負荷抵抗6K。プレー電圧は二つ合計で45mA。
これではEp-Ip特性図にロードラインを引いても、何が何だかよくわかりません。バイアスが深すぎて電流が少なすぎます。B級動作に近いAB1級になりましょうか。電圧増幅段は初段も二段目もプレート電圧237〜240V、電流0.87mAで同じです。修理前はプレート電圧が290Vもあったので、無理矢理落したのです(笑)。12AX7の動作としては、交流負荷(後述)を考えなければそれほど無理な動作ではなくなりました。
(2)トーンコントロール
基本回路 | Bass、Treble最大 | Bass、Treble最小 | オーディオ用 CR型トーンコントロール |
基本的にフェンダータイプのトーンコントロールですが、オリジナルと違ってMIDはありません。
まあ、それはともかくとして、オーディオ用の回路(右端)と比べてみてください。Bass、Treble のボリューム位置によって回路インピーダンスが微妙に変化します。コンデンサを無視して(ホントは無視できないけど)ショート状態だとすると Bass、Treble 最大で71K、最小で83K。前段の負荷抵抗100Kと合わせれば、交流負荷はそれぞれ42K、45Kになります。この程度の変化では前段の動作にはそれほど影響はないかもしれませんが、これは12AX7にとってかなりキビシイ動作条件です。
電圧増幅度を計算してみます。
12AX7のμを100、rpを80K、Bass、Treble を最大とすると初段の増幅度は 100×45K / (45K+80K) = 36倍。
ちなみにBass、Treble が最小だと、100×42K / (42K+80K) = 34.4倍です。この程度の違いだったら耳で聞いてもわからないでしょう。二段目ですが、カソードに電流帰還がかかっている場合、内部抵抗は rp + (1+μ)×Rk となりますからこの回路では 80K+(1+100)×2.2K = 302K と非常に大きな値になります。
負荷抵抗は100Kで、位相反転段の入力インピーダンスは1M以上ありますから交流負荷には影響がないとすれば増幅度は 100×100K / (100K+302K) = 25倍 になります。
初段と二段の増幅度は 36×25 = 900倍 です(59dB)。一方トーンコントロールでの減衰は信号の周波数を500Hzとすると Bass、Treble が最小の時は約0.01(-40dB)、最大で0.38(-8.4dB)になりますので 9〜342倍(19〜50.6dB)になります。(ものすごく大雑把な計算で、間違っているかもしれません)
それにしてもすごい増幅度です。LP用イコライザーアンプの比ではありません。
音量ボリュームを最小にしても入力端子をさわればブーと音が出ます。初段のプレートから二段目のプレートへ信号が伝わってしまうのでしょう。なんだか笑ってしまいます(^.^)修理後の回路でBass を20Kの抵抗でアースしているのは、このボリュームを最小にしたとき音が出なくなるのを避けるためです。なぜならBass を最小にすると音が出なくなるからです。トーン回路が音量調節を兼ねています(笑)
誰かが改造したのでは・・と前記しましたが、それはこんなことからも想像できます。
(3)位相反転
位相反転はムラード型ですが、オーディオ回路ではまず使われない古典的手法です。しかし本機ではそれを承知で、わざとこのようにしていると思われます。 普通ムラード型は前段と直結するのですが、あえて結合用に0.001uのコンデンサを入れているからです。
この0.001uとアース間の抵抗約1022Kで約160Hzのローカットフィルターになります。低域は通さない・・これが目的だと思います。
また0.001u があるためNFBは通常のように前段に持ってくることができません。時定数が3段になるからです。
このため下側のグリッドはコンデンサでアースに落すのが普通ですが、あえて100Ωをつなぎ、そこにNFB抵抗を持ってきています。12AT7のプレート電圧は約160V、バイアスは浅く約-1.8V、プレート電流は1.8〜1.9mAです。
ムラード型の位相反転回路は上下で出力電圧のバラツキが生じますが、少しでもそれを防ぐにはμの高い球が必要です。それと電圧の使用効率が悪いため、12AX7のような高電圧タイプの球は不向きです。ここで12AT7を使っているのはそんな理由からでしょう。しかし12AT7 は元々バラツキの多い球で、上下のプレート電圧差は約20Vにもなります。さて、スタンバイスイッチです。
思わず、へ〜っと感心してしまいました(笑)位相反転が理想的に行われれば、上下の信号は電圧が同じで位相は正反対ですから、両方を合成すればたしかに信号はゼロになります。しかし理論はそうでも、実際には上下の位相はともかく、電圧が同じになる保証はどこにもありませんから、このやり方では音がわずかに漏れるはずですし、その音の漏れは経年変化で変わってくるはずです。(修理完了後、試してみたらやはりわずかに音が出てきています。)
フェンダー製のアンプはB電源をスイッチで直接オン・オフさせていますが、直流のオン・オフは交流のそれよりずっと危険です。交流と違って直流は電圧が変化しないから、スイッチに常時負担がかかるのです。本機の設計者はその危険性を回避したくて、不完全を承知でこのようにしたのでしょう。
(4)入力
入力用のジャックは二つありまして、フェンダーのギターアンプ(たとえばツイン・リバーブなど)と同じ回路になっています。 これもオーディオではまずありえない回路ですね。
最初に配線を見ながら回路を書いていたとき、私にはなぜこんな風にしているのかさっぱりわかりませんでした。(このようなオーディオ用のシンボルではこの方式は描けません)
入力から初段のグリッドへ行く68Kの抵抗はインピーダンス調整用だろうな、と思っていましたが、グリッド抵抗になる1Mがなぜ入力2からいきなりアースされているのか・・。なぜ二つの68Kの抵抗の接続点からではないのか・・。
入力1のみで使うと入力電圧が半分になるため、ベース側のマイク出力が大きい場合は1につなぐようです。入力2はそうでない場合と、楽器によって使い分けるようです。
全然知らなかったよ・・私、学生バンドに所属していたのにね(笑)