境町住民投票条例(案)について


群馬県境町議会議員有志は議員発案による、「境町住民投票条例案」を議会提出を模索しています。この条例は特定の事案を対象とせず議会の議決も実施の要件としないいわゆる「常設型」で、全国的にも極めて珍しく、成立すれば群馬県内では初めての例となります。

「町政運営に重大な影響を与える事案」について(町の権限に属さない事項等を除き)いつでも住民投票の対象とできるものとしています。

有権者の5分の1の署名が集まった場合、町長や議会が投票を拒否できないことが最も画期的な点です。
住民投票は、@有権者がその5分の1以上の署名とともに請求したとき、A町議会議員の12分の1以上の賛成により提案され、町議会議員の過半数が賛成したとき、B町長が発議したとき、に行われます。
町民、町議会および町長は、有効投票総数の過半数となった結果を尊重しなければなりませんが、法的拘束力はありません。投票率が50%未満の場合、投票は成立せず、開票作業は行いません。
この条例策定に際しては、現行憲法と地方自治法から逸脱することなく間接民主制を補完することを基本としました。
我々は住民投票を基本制度として制度化するか否かは、その自治体の住民自治の成熟度を計る重要なメルクマール(指標)になると認識し、境町議会における本条例の可決成立を切望するものです。

以下に条例案策定の背景と、内容の説明を記します。
                           (文責 境町議会議員 斉藤優)


地方分権の意味、考え方
2000年4月に「地方分権一括法」が施行され、分権改革が新たな段階を迎えました。地方分権は、単に中央省庁にある権限が地方自治体に委譲されるだけではなく、自治体がまちづくり、地域づくりを主体的に進める政策的自立を意味します。
つまり、中央省庁が定めた政策の末端執行機関としての「地方公共団体」から、福祉や環境、産業、文化など地域の課題を解決する「地域の政府」に変わり、自治体が政策づくり・推進の主体になるのです
このように、まちづくりや地域づくりに関わる政策を自ら責任を持って策定し、執行する政府として自治体を位置付けることが、今回の分権改革の思想、理論の眼目なのです。

「地域政府」としての自治体
地域の公共課題は、産業や住民生活の基礎となる量的な基盤整備から、住民生活の質を充実させるためのまちづくりや地域づくりへと移行しています。
このような質的充実という地域の課題を解決するためには、行政と住民とが協力して行動する「協働」が不可欠です。地域の人たちが自分の問題であると考えて、まちづくりや地域づくりに参加し、政策の策定と執行の各段階に住民が関わる仕組みによって政策の水準も高まっていきます。
憲法92条に定める「地方自治の本旨」は、「団体自治」と「住民自治」にあり、これを実現するためには、「分権」と「参加」が必要であると言われてきました。しかし、我が国における地方自治制度の実際の姿は、財政的制約などを通じた中央集権的構造が強く横たわっており、また、行政と住民の関係についても、いわゆる「お上依存」意識、行政側の「統治」意識が強く残っていることを否定できません。今後、地方分権の歩みを充実させていくためには、自治体が政策主体としての行政能力を身につけるとともに、住民との情報の共有化のもとに積極的に「協働」を図ることが大切であり、そのためには、住民は行政の客体、対象、被治者であるという統治・支配の考え方や価値観を転換すること、すなわち「統治」の理論を「住民自治」の理論に転換することが必要となります。

自治の主役
自治の主役は住民であり、自治体の重要な政策の形成・実施・評価の過程に住民が参加するためには、住民の「参加する権利」が保障されなければなりません。「住民投票」は、代表民主制を補完し、自治体の重要な政策の形成・実施などへの住民参画を保障する制度として位置付けられるべきものです。

住民投票の目的
住民にかかわりが多く、かつ重要な事項について、「より広く住民の意見を把握するため」住民投票が行われます。 議会や町長は、住民投票の結果を尊重し、参考にして的確な政策決定を行うよう努めます。このように、住民投票制度は、代表民主制(間接民主制)に対する補完的な制度として採用されるものです。
これは、自治体の行政運営に住民が自発的・積極的に参加するという「住民自治」の理念に基づき、住民が町政へ直接参加する機会を「住民投票」という制度で保障し、これによって示していただいた皆さまの「総意」を町政に的確に反映していこうという仕組みです。

なぜ常設の住民投票条例を作るのか
常設の住民投票条例の制定は、住民主体都市の創造のために住民の意見を聞く方法を確立して、開かれた行政を実現し、町民に対する町の姿勢を示すものであり、町民がより行政に参加しやすくするためのルールを定めるものです。地方自治法74条による直接請求という形で条例を制定し、住民投票を行うことはできますが、日本の住民投票の歴史を見ると、その過程における住民の苦労は並大抵のものではありません。そこで、住民の町政参加を促すために、一連の流れをルール化・簡素化した常設型住民投票条例案をつくったわけです。
また、これまで全国で条例制定が試みられた住民投票は、住民の反対運動との関連で取り上げられることが多かったと思います。すなわち、何か特定の施策に対して、いわゆる「反対派」と呼ばれる住民が、住民投票を行うことを要求して署名集めの運動を始めるというパターンです。しかし、このような住民投票の目的や方法のほかにも町民が町政へ積極的に参加することを促し、重要事項について賛成であれ、反対であれ、住民の明確な意思の表明を引き出して行政施策に反映させていくことを主たる目的とした住民投票を、町長なり議員なりが発議するということがあってもよいと考えました。これがこの条例案策定のもうひとつの理由です。

常設の住民投票条例を制定しておくメリット
町民がまちづくりに参加することにより、まちづくりに対する自覚と自負が得られる。
住民投票を条例で制度化することで、町民の住民自治の意識の確立につながる。
上記により町民の意識が高まり、より積極的な町政参加が期待できる。

問題が生じてから、住民投票条例を作ればよいのでは
境町の住民投票条例は、住民投票の手続きを決めるものであり、町民の意見を聞くための制度です。現行地方自治法の直接請求制度を利用すれば、住民投票は行うことはできます。しかし、直接請求制度は住民が条例の改廃又は制定を請求するものであり、条例の改廃又は制定を請求するには条例案を作成し添付することが条件となります。そうしたことに馴染みのない一般住民が条例案を作成するには相当の労力と時間がかかるものと思われ、また、条例文の検討や施行規則の作成などにも時間がかかるものと思われます。ついては、統一されたルール(手続き)を作成しておけば、余分な労力や時間をかけることなく、事務的な作業も大幅に軽減され本題についてのみ混乱なく集中して審議ができると考えました

膨大な費用と労力を使うのは、無駄ではないか
境町の住民投票条例は、公平かつ民主的に住民の意思を確認するもの、言い換えれば、町の将来を左右するような重大な事件について、議会や町長が非常に重要な判断をする際の参考とすべき町民の意見を確認するものです。ついては、費用や労力がかかるのは仕方のないことであり、また、労力を使うことによって、町民がその事件について理解を深め、自分の意見を持ち、発言することにより、住民自治が成熟していくと考えました。

代表民主制の否定にはならないか
現行の地方自治法における「住民自治制度」は代表民主制(間接民主制)を基本としています。 このことは、住民が持つ権限は原則として代表者選出権であって、住民から選出された議員及び首長が、地方公共団体の施策についての最終的意志決定権を持ち、住民は議員及び首長に政策選定についての決定権を白紙委任するというものです。この代表民主制の根底には、「一般住民は日々の生活に追われて時間的余裕がなく、情報も乏しく偏りがあって煽動されやすいので、視野が広く良識を持っている議員が豊富な情報を得たうえで議論を尽くして出した結論の方が一般住民の判断より常にすぐれている。従って一般住民は自分たちの選良(代表者)に決定権を白紙委任するのである」というような考え方があります。しかし、時代の変化とともに、このような代表民主制の根底にある考え方が次第に成り立ち難くなってきています。かつては、地域社会の人々が同じような生活様式を持ち、同じような生産活動を行い、同じような価値観を持っている同質的社会でありましたが、住民の教育水準、権利意識の高まり、社会構造の変化、情報化などによって地域社会の中に、利害が対立し、価値観を異にする様々な考えを持った人々が混在する複雑な多元的社会へと移行しています。ですから、住民によって選出された議員であっても、「住民より常にすぐれた判断をする」とは限りませんし、特定の案件についても「議員の見解が常に住民の意思と合致している」ということもまれなことです。このような背景を考えると議会を通じての間接的な住民自治を補完するうえからも、重大な案件の決定に際しては住民投票のような直接的な住民自治制度を採り入れ活用することが必要となる場合があると思われます。間接民主制の否定ということでなく、間接民主制をよりよく機能させ、住民自治を高めていくために住民投票という直接民主制の導入が図られているのです。

議会や町長の権限を侵害することにならないか
現行の法制度は議会と首長がその責任において地方行政を行うことを予定しており、個別の施策の最終的な団体意志の決定方法としての条例による直接民主制の導入(住民投票制度の導入)は、行政の総合性・一貫性を妨げるおそれもあり、現行の法体系に抵触するおそれがあるという意見があります。一方で、地方公共団体の計画策定や行政施策への住民参加の機会の拡大のための方策として、また議会の活性化を図る観点からも住民投票制度を積極的に導入することは、憲法の要請する住民自治の実現につながるものといえますから現行の法体系の中で住民投票制度を明確に位置付ける方向で、今後、制度化の検討をなされることが望ましいという意見もあります。従来条例化されてきた住民投票条例は、住民投票の結果が直ちに最終的な団体意志の決定としての法的効果を持つものではなく、その結果を当該事項について権限を有する議会又は首長が判断する際の「参考とする」、判断に当たって「尊重する」等の規定になっており、現行の法体系との整合性を保っておりますから、議会又は町長の権限を侵害するものではありません。

議会や町長の責任回避にならないか
住民の価値観の多様化、権利意識の高まりなどによって、住民のニーズは物的なものから今日では福祉問題、環境問題、教育問題など、まさに身近な毎日の生活に直結するものに転換してきています。議会も町長も常に民意のあるところを最大限に汲み取る不断の努力を欠かせませんが、案件によっては直接、住民全体の意見を聞き、住民全体の意思を確認することが、議会や町長が政策決定を行う過程でその責任を十分果たすうえからも必要となる場合があると思われます。 勿論、住民投票の結果は「尊重」され「参考」にされたのであって、政策決定を行った議会や町長がその責任を回避したり、免除されたりするものではありません。

法的な強制力がないので投票の効果はないのでは
地方自治法に定められた議会や町長の権限を侵害するものであってはならないので投票の結果には法的強制力はありません。しかし、住民投票によって住民の多数意思が明らかになったからには、有権者の代表である議会と町長がその結果を尊重することは当然のことですから、投票の効果はあると思います。 また、法的強制力の有無に関わらず地域住民が案件について自分たちの意志を表明するのは自由ですし、住民投票は住民にとって、地方自治の主体者にふさわしい権限行使の機会でもあるのです。そのことによって行政に関心をもち、主体者としての自覚と責任感をより強く持っていただくことになるという大きな意味と効果を持っています。

かえって地域住民の対立を激化させる心配はないか
賛成派、反対派でいがみ合う人もいるでしょうし、そうでない人もいます。家族の中だけで議論する人もいるでしょうし、一人で考え黙って投票する人もいると思います。対立を煽るよう なことは無益ですし、そういうことに巻き込まれなくても投票所で静かに一票を投ずることができます。大切なことは、投票することによって行政に参加してもらうということです。

罰則規定がないと不正がはびこらないか
各地で制定された住民投票条例の中にはたいてい「住民投票に関する運動は、買収、脅迫等町民の自由な意思が拘束され、不当 に干渉され、もしくは町民の平穏な生活環境が侵害されるものであってはならない」という旨の規定が盛られていますが、仮にこの規定に違反して不正を犯したとしても罰則規定がなく、逮捕されたりしませんから、不正がはびこるのではないかという懸念が残ります。しかし、これまでに住民投票を行った地域では、罰則規定がある通常選挙の時より、不正の件数が少なくなっていることが指摘されています。このことは、自分達の身近で重要な問題について自分の意志で投票し、行政に反映させようという住民の主権者意識の高まりや自覚がそういう結果を生みだしているのだと思われます。逆に言えば「罰則がないと不正が行われる」という程度の民度の地域では住民投票など行うべきではありません。かえって衆愚政治をもたらすことになりかねません。

地域エゴを招きはしないか
住民投票の結果を「地域エゴ」だと非難する意見があります。もっと広い地域の多数者から見た場合、狭い地域で行われた住民投票の結果が都合の悪いものであるときに「地域エゴ」という非難がでてくるようです。いかに議論を尽くしても、最終的に民主主義が多数決によってしか機能しない面はあり得ます。しかしそれには議論をつくすということと、少数者にも十分な配慮をするということが大前提としてあるべきです。多数意見だからといって過重な負担をどこかの地域に押しつけてよいということにはならないと思いますし、その地域の住民が負担の地域的な不公平に反発するのは、むしろ当然のことで、「地域エゴ」という非難をあびせ少数派の言い分に耳をかさないようでは逆に、多数者のわがままといわれても仕方ありません。一定地域の住民が熟慮した住民投票の結果はやはり尊重されてしかるべきだと考えます。

なぜ、条例に基づいて住民投票を行うのか
町行政への住民参加の機会の拡大、政策形成等における住民意志の反映のための方策としてアンケートを求めたり、地区住民との討論会を開催したりすることも有効であると思います。境町でもこれまでに各種アンケートを行い、各種フォーラムも実施して民意の汲み上げや対話の町政に努めてきました。しかしアンケートは投票方式に比べると、住民一人一人の意志を確認するには厳密さに欠け、有効性について問題を残す余地があります。例えば、アンケートを世帯毎に行うとすると有権者が1人の世帯もあれば6人〜7人という世帯もあって世帯間で不公平感が出てくるでしょう。また、世帯主がアンケートに記入した場合であっても、家族間では世代によって、或いは職業や性別によって多様な考え方があることも予想されます。かといって、有権者毎にアンケートを求めても記入者が誰なのか、どのような場所でどんな状況下で記入されたものなのかなどの確認が困難であり、その分、不透明感が残ってしまいます。アンケートなどの簡便な方法はその有効性や正当性を比較しながら採用すればよいと思います。また、討論会形式のものは出席率や出席者の構成、発言者の偏りなどが懸念されますし、全町民が一堂に会する討論会(住民総会)は有権者が2万名を越える本町においては、規模の面から開催が困難です。地区別に討論会を行った場合には、先行した地区の討論会の状況は、後で開催される地区に様々な影響を与えることもありましょう。その上、討論会場で最終的に挙手などの方法で決を採ることは地域の特性などを考慮するとやはり問題があるのではないかと思われます。
条例に基づく住民投票は手続きが面倒ですが、住民意思の表明方法として有効性、正当性に疑念の余地はありません。町政運営上の重要なテーマについて住民投票を行うことにより個々の町民がさらによく学び、考え、行動することは地域の行政を活性化させることにもなります。

住民投票を行うと町が混乱するのでは
事案に賛成の意見を持つ住民と反対の意見を持つ住民の間で議論が起こり、対立が生じることを「混乱」ととらえることも出来るかもしれません。しかし、住民投票の目的は、行政に対する住民の直接参加です。その過程で議論が起きることは、多様な意見の存在を許容する民主主義社会においては、むしろ望ましいことと思われます。いたずらに対立を煽ることは好ましくありませんが、仮に対立感情が起こっても投票が済めば解消されなければなりません。また、秘密投票ですから、議論や対立をわずらわしく感じる人は、そういうことから距離を置き、投票所で静かに一票を投じていただければいいのです。