昭和52年
矢筈岳(早出川)
1977年矢筈岳 【メンバー】山田、若田部 【日程】昭和52年8月20日〜8月26日 【山域】川内山塊(新潟) 【山名】矢筈岳(早出川遡行) 【ルート】 8/20-21 五泉駅++村松=子面谷(7:30)−金ヶ谷沢(9:05)−中杉川(11:30)−丸山沢(13:55)−C1(15:10) 8/22 C1(6:15)−ドウカン沢(9:40)−コウモリ沢(11:45)−広倉沢(14:15)−今出C2(15:15)8/23 C2(6:40)−ユウ沢出合C3(7:55)−ユウ沢で岩魚釣り(8:30-15:00) 8/24 C3(6:15)−西俣沢(10:05)−二股(12:45)−稜線(14:20)−矢筈岳(15:00)−C4(17:30) 8/25 C4(6:25)−P1066(8:45)−倉谷沢下降−林道(14:00)−室谷川出合C5(15:00) 8/26 C5(6:20)−室谷(7:10)=++前橋 子面谷よりダムの工事現場を抜けて、谷に入る。やがてこの谷もダムに入り口をふさがれてしまうのか。 入谷して1時間ほどで早くも泳ぐ。夏とはいえ、水は冷たい。泳ぎと胸までの徒渉、へつりを繰り返すうちに、体が冷え切ってしまう。まだ一日目だ。不安がよぎる。丸山沢を過ぎ右岸の河原で泊まる。今日の高度差140m。 二日目も大きな淵とトロの連続となり、へつりと高巻き、懸垂を繰り返す。深く狭い真っ暗なゴルジュを右岸に逃げる。100mも登ると、過去の遡行記録にも載っていなかった巻き道があった。ぜんまい道だろうか。巻き道通りに再び沢に下りる。 沢が広がって川原状になったところでは、アブに襲われた。ニッカーホースやカッターシャツは役に立たない。両腕、両足が腫れ上がってしまった。今早出沢を分ける今出に泊まる。二日目の高度差140m。 今出より割岩沢に入り、ユウ沢出会いで停滞する。三日目の高度差50m。 ユウ沢は岩魚の宝庫であった。この沢の岩魚は人に初めて会ったのか、流れを歩いていっても悠々と泳いで逃げない。足下の岩魚に川虫針を落とすと迷わず食らいついた。 ユウ沢出会いを過ぎると4月の偵察行で確認した両岸スラブのv字谷となった。やがて極端に両岸が狭まったジッピに出会い、右岸に逃げる。ようやく沢筋は狭まり、水量も少なくなり、滝を連続して超えて高度を稼ぐ。入谷して4日目に稜線に出た。 今度は猛烈な藪であった。矢筈岳を経て室谷集落までの下山に2泊を要した。 |
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