昭和52年

        楢俣川

1977夏山合宿
【メンバー】阿久沢、伊東、小沢、小泉、斎藤、鈴木、松本、矢島、山本、山田、若
田部
【日程】昭和52年7月30日〜8月2日
【山域】奥利根
【山名】楢俣川、至仏山
【ルート】7/30○ 湯ノ小屋−先の沢出合C1
7/31○『板目沢班』(伊東、小泉、斎藤、矢島、山本、若田部)C1(5:30)−板目沢−
日崎山(11:30)−C1−C2
『大石沢班』(阿久沢、小沢、鈴木、松本、山田)C1−大石沢−P1442−C1−C2
伊東、小泉下山
8/1○『矢種沢班』(小沢、斎藤、鈴木、松本、若田部)C2−矢種沢−矢種山−C2
『深矢種沢班』(阿久沢、矢島、山本、山田)C2−楢俣本流−深矢種沢−矢種山−C2
8/2○『前深沢班』(小沢、斎藤、鈴木、山本、山田)C2−前深沢−至仏山(合流)
『狩小屋沢班』(阿久沢、松本、矢島、若田部)C2−狩小屋沢−至仏山−笠ヶ岳−湯
ノ小屋


 やがてダム湖に沈んでしまう板目沢、大石沢をはじめ、楢俣川の主要な6支流を2班に分かれて3日間遡行した。
 7/31、日崎山より流れ下る板目沢とP1442に上りつめる大石沢を遡行する。板目沢の核心部は両岸垂壁、幅2,3mの回廊が滝を伴い、碁盤の目をジグザグにたどるように屈曲している。小沢ながら美沢、十分に沢登りを楽しませてくれた。
 本流を辿り大石沢に入る。2〜5mほどの滝が多い。左俣沢出合を過ぎ、右俣最大の10mの滝をアンザイレンして越えると、滑滝が多くなる。50mの滑滝を越えアスナロの多い藪を漕いでP1442に至る。再び藪を漕いで下山する。
 8/1、矢種山に東西より上りつめる矢種沢と奥矢種沢を遡行する。矢種沢班は、石の下に隠れた岩魚の手づかみを楽しむ。子どもの頃腕を磨いた名手松本はいかんなく腕を発揮した。滑滝の多い沢であった。
 奥矢種沢出合までの楢俣本流は、きれいな滑滝の多い沢である。奥矢種沢は、滑が多いもののブタ沢との評価であった。山頂に矢種沢班とほぼ同時に登りきり、藪を漕いで下る。
 8/2、至仏山へと狩小屋沢と前深沢を遡る。前深沢班は見事に、狩小屋沢班が先に到着した山頂に、ピタリと登り詰める。至仏より笠ヶ岳経由湯ノ小屋までの下山は、3日間の疲れもでて、地図以上に長い長い地獄のロードとなった。
 今回の山行では、トランシーバーで定期交信を試みたが、沢中ではほとんど用をなさなかった。笠ヶ岳山頂での記念写真は、苦しくも楽しかった山旅を象徴する忘れ得ぬ一枚となった。