昭和52年
青里岳
【メンバー】山田、若田部【日程】昭和52年4月29日〜5月1日 【山域】川内山塊 【山名】青里岳 【ルート】 4/29曇時々雨→雪 村松町暮坪(8:50)−グシノ峰取付(10:50)−グシノ峰(11:50)−七郎平山(15:10)−銀次郎山BC(15:55) 4/30曇→晴 BC(7:10)−銀太郎山(7:55)−五剣谷山(8:45)−青里岳(11:30)−銀太郎山(14:15)−BC(15:15) 5/1快晴 BC(7:55)−七郎平山(8:20)−木六山(9:45)−番小屋(11:15)−暮坪(13:00) 8月に予定している早出川遡行の偵察行。また、銀太郎、銀次郎という山名に惹かれた山行であった。 29日未明、夜行列車で新潟県村松町に向かう。雨の中、早出川を分ける暮坪集落より杉川沿いの道を歩く。土砂降りの雨があがり、杉川の壊れた吊り橋を渡ると、道はグシノ峰への尾根を上りはじめる。雪をひろいながらグシノ峰、木六山を越え、雪の降りだした銀次郎山の直下に泊まる。 30日、銀太郎山、五剣谷山を越え、残雪をひろいながら青里岳をピストンする。見下ろす早出川源流の山肌は、尾根筋を除き表土がはぎ取られ、岩盤が白いスラブとなって露出している。谷川は深くV字谷をつくり、高度を上げることなく底深くを流れ、最後に一気に頂へと昇りつめている。 31日、同じ道を下山する。グシノ峰の尾根道を降りていくと、道直しをしている地元の人たちにあった。我らの辿った道はゼンマイ採りの作業道であった。 雪解けをまって、山は雪のあたえてくれた栄養をたっぷりと吸い込んで一斉に芽吹く。 この山里に生きる人たちは、糧を生みだす山を銀太郎、銀次郎と名づけ、我が子のように大切に守り育ててきたのであろう。体の芯に熱いものを感じつつ、やわらかな光を浴びカタクリの咲く道を暮坪に戻った。 |
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