■シンちゃんタカさんの「成年後見相談実戦講座」
シンちゃんタカさんの「成年後見相談実戦講座」
エピソード3 (3)
(エピローグ)
ラグビーにのめり込んでいた弟の腕は太い、いや、太か
ったというべきなのだろう。点滴で命をつないでいる弟の
体は日に日にその逞しさを失っていく。
昨年亡くなった母がいつもしていたように、二の腕をさす
ってみる。今はもうボールを掴むことも投げることもする
ことのないその腕から、意外といえるほど、柔らかな感
触が指先に伝わる。でも、元気な頃の指先を跳ね返す
ようなスポーツ選手独特の弾力ある筋肉の柔らかさとは
明らかに違う。本当に柔らかい。強く、しなやかに動くた
めに肉体は筋肉を必要とする。最小限の動きしか必要
としない肉体にとっては、筋肉はその役割を終えたとで
もいうのだろうか。
いろんなことを喜んだり悲しんだりしていくであろう私。
笑うことも悩むことも歩くことも食べることも放棄した弟。
純粋に生きることだけのために活動している肉体の輝
きが、重なり合った私の肉体の滓を照らしだす。一瞬、
さすっているマニキュアをした私の指先がひどく醜悪な
ものに見えた。弟は、きっと、どんどんどんどん、その肉
体を削って削って、やがて一つの純粋な精神の固まりに
昇華していくに違いないと思う。
「回答は次回の相談で、ということでお帰りいただきまし
たが、今日はがんばって一応の回答は考えましたよ。これ
です。」
・ タカさん
「○○さんへの回答か……。」しばし黙読。
○○さんへの回答
預貯金の払い出し等金融機関との取引や、相続財産に関す
る遺産分割協議、或いは医療ミスによって被った損害を賠償
するよう請求する行為などは、通常の成人がもっている物事
に対する判断能力が前提になければならない。植物状態にな
ったような場合には、「精神上の障害により事理を弁識する
能力を欠く常況」にあるとして、成年後見制度を利用した上
で、これらの法律上の事柄を進めていく必要がある。家庭裁
判所に対して、後見開始の審判の申立を行い、成年後見人を
選任してもらう。もし、誰か家族の者や、他に親戚などに信
頼できる人がいれば、その人を成年後見人の候補者にあげて
申立をすることもできる。必要書類は、本人の戸籍や住民票、
医師の診断書等を添えることになる。
なお、選ばれた成年後見人が、遺産分割協議の当事者にな
っている場合には、本人と成年後見人との利害が相反するこ
とになるので、この遺産分割を進める上では、別途特別代理
人の選任の申立をしなければいけなくなる。もし、本人にか
なりの財産があるようであれば、成年後見人の財産管理も複
雑になることが予想できるので、別に法律の専門家を共同成
年後見人として選んでおくこともできるし、成年後見人がき
ちんと財産管理をしてくれるか不安があるような場合であれ
ば成年後見人監督人を選んでおくこともできる。こうすれば
特別代理人の選任の必要もなくなる。しかし、あくまで本人
にとってどのようなサポートの方法が一番いいかを総合的に
判断する必要があるので、一度リーガルサポートの社員の事
務所で関係書類などを参考にしながら一番いい方法を考えた
方がいいのではないか。
「なるほど、ちょっと感想をいってもいいかなぁ。法律に疎
い普通の相談者にとっては、ちょと言葉が難しすぎると思い
ますよ。相変わらず専門用語が多いね。
相談者の希望を整理すると、
@男性のこれからの生活のために
Aその家族のこれからの生活のために
B遺産分割(不動産あり)の手続きのために
後見人を選んでおきたい。
ということでしたよね。そうであるならば、各項目を分け
て回答を示すほうが親切ではないでしょうか。不動産を売却
する場合についての手続きにも触れたらいかがでしょう。」
・ シンちゃん
「もうちょと考えて見ますよ。
ところで、タカさん、今日は子供の誕生日なので真っ直ぐ
帰りますよ。僕は。」
・ タカさん
「あっそう。つれないねえ。それでは僕も真っ直ぐ帰りま
すか。この件は、明日じっくり考えることにしましょう。」
「あっそう。つれないねえ。それでは僕も真っ直ぐ帰りま
すか。この件は、明日じっくり考えることにしましょう。」
・シンちゃんタカさんの最終回答
−成年後見人を選ばなければなりません−
預貯金の払い出し等金融機関との間で取引をしようと
する場合や、故人が所有していた相続財産について相
続人の間で遺産分割協議をしようとする場合には、そ
の当事者となるご本人自らがこれらの手続きに関与し
なければなりません。自らこれらの手続きの内容を理解
し、納得した上で手続きをし、その結果について自ら責
任を負います。このように自分のしたことの結果を判断
することができる程度の精神上の能力をもっていない人
がしたことは無効となります。民法ではこのことを「意思
能力なき者のした行為は無効」といいます。法律の条文
で直接定められているわけではありませんが、学説や
判例で認められています。ご質問のように弟さんが、植
物状態にあるということは、金融機関との取引や遺産分
割をするにあたって、その内容や結果について理解でき
るような状態ではありませんので、手続きをとることはで
きません。弟さんの奥さんであっても法律上それらをする
権限がありませんので、勝手には手続きをすすめること
はできません。ご本人がどうにもできないこのような状態
にある場合には、誰か本人に代わってこれらの手続き
をしてくれる人を裁判所に選んでもらうことになります。
これを「成年後見」といいます。植物状態になってしまっ
た弟さんの家族が、家庭裁判所に対して、申立を行い、
「成年後見人」という弟さんの代理人となるべき人を選任
してもらいます。どなたか家族の方や、親戚の方などの
中に、弟さんの財産を管理するのに相応しい信頼できる
人がいれば、その人を成年後見人の候補者にあげて申
立をすることができます。たとえば、ご質問のケースでは、
弟さんの奥さんが成年後見人に相応しいでしょう。裁判
所に申立をして、弟さん名義の財産を管理したり、処分
したりする権限を弟さんの奥さんに与えてもらって、弟さ
んに代わって奥さんが手続きをするということが考えら
れます。
−今後の生活設計を考える−
植物状態になってしまった弟さんは、今後就業等による
収入を得る道がなくなります。障害者年金等限られた手
当が入ってくるだけですですので、当然今後の生活費の
捻出やお子さんの将来のための貯蓄などは、奥さんの
稼ぎに頼らざるを得ません。しかし、今までの稼ぎ頭で
あった弟さんの代わりをすぐに奥様に求めることも難し
いでしょう。そこで、亡くなられたお母様の遺産である不
動産を売却して、弟さん家族の生活費にあてることが考
えられます。成年後見人として選ばれた弟さんの奥さん
を交えて、亡くなられたお母様の遺産分割手続きを進め
ることになります。弟さんにはお母様の遺産について法
律上3分の1を取得する権利があります。貴方とお姉さ
んと弟さんの奥さんとで話し合いの場をもって、弟さん家
族のために、いくつかある不動産の内、弟さんの相続分
に見合った不動産が取得できるよう分割内容を決めて
下さい。そして、その不動産を直ちに売却して現金化す
れば、今後の弟さん家族の生活費にあてることができる
ようになります。遺産分割協議の結果、取得することと
なった不動産の売却の権限は、成年後見人である弟さ
んの奥様にあります。弟さんの奥さんは、不動産業者に
委託して、買主を探してもらえばよいでしょう。(早急にと
いうことであれば、「審判前の保全処分」という申立を行
って直ちに売却するという手段もあります。詳しくは別の
機会に?)
−複雑な手続きを手伝ってもらう−
弟さんがこのような状態になってしまいますと、精神的に
も肉体的にもご家族の負担は計り知れないものでしょう。
それに加えて、遺産分割協議であるとか、不動産の売却
等の手続きの煩わしさもありますし、なるべく弟さん家族
に損をしないような手続きをとる必要があります。また、
これらの手続きがスムーズに進んで生活費の目処がつ
き、新しい生活がスタートしたときに、新たな負担が待っ
ています。それは、弟さんの奥様の成年後見人としての
職務(事務処理)です。定期的な事務処理の報告を家庭
裁判所にしなければなりません。民法には、「家庭裁判
所は、いつでも、後見人に対し後見事務の報告若しくは
財産の目録の提出を求め、又は後見の事務若しくは被
後見人の財産の状況を調査することができる(民法86
3条1項)」という規定があります。裁判所の取り扱いに
ついてはケースバイケースでしょうが、約半年に一回の
程度は、成年後見人に報告をしてもらうことになるでし
ょう。以上のような法律の規定がある以上、いつ裁判所
から報告を求められても大丈夫なように、普段から帳
簿関係をきちんと整理しておく必要があります。これは、
大変負担がかかる仕事でしょう。弟さんの奥さんは、仕
事の合間を縫って弟さんの看病をし、子供さんたちの
食事の世話や家のこともしなければならないでしょう。
それに加えて、裁判所への提出用の帳簿書類の整理
もしなければならないとすると、体がいくつあっても足ら
ないはずです。
そこで、適切な遺産分割・不動産売却の手続きをする
とか、あるいは後見人の事務処理の負担を減らす為
には、もう一人成年後見人を選んでおくということが考
えられます。法律の専門家を共同して事務処理をして
くれる成年後見人に選んでおく方法です。煩わしい事
務処理の一部或いは複雑な契約手続きなどを法律の
知識に詳しい専門家を一人加えておくことによって、
奥様の負担はかなり軽減されますし、不利益な手続
きをとることがないよう配慮してくれるでしょう。これは、
裁判所に申立をするときに、候補者として弟さんの
奥様と法律の専門家の二人を挙げて、その理由を
書き加えて申立をする事になるでしょう。
「結論」
弟さんが植物状態になってしまった以上、ご本人が
所有する預貯金等の財産をご家族が生活費や入院
費として使って行く、或いは、遺産分割協議などをす
る場合には成年後見制度を利用しなければなりませ
ん。弟さんの奥様を成年後見人として家庭裁判所に
選んでもらって、弟さんの奥様が正式な権限をもった
代理人として、弟さんの財産の管理をし、有効に利用
することによって、今後の生活を成り立たせていくこと
が必要でしょう。そして、できれば、遺産分割で弟さん
の相続分をきちんと主張したり、不動産の売却では、
不利益な売却代金で妥協しないためにも、法律の専
門家を成年後見人の一人に追加して、弟さんの奥様
と共同して成年後見人としての仕事をしてもらうことが、
弟さんの奥様の負担を軽くすると共に、ご家族の今後
のためにも一番適切な方法ではないでしょうか。社団
法人成年後見センター・リーガルサポートでは、こうい
った法律知識に詳しい登録している司法書士を成年
後見人にご推薦しています。
(エピソード3 終わり)