瀧の下不動尊例大祭のこと
   
         瀧の下不動尊例大祭  
日 時  平成29年7月28日(金) 午前11時   
場 所  高山村熊野 瀧の下不動尊  
 
 
幟旗を立て、多くの方に参拝をいただき 例大祭が行われました。
 
   
   
       
         瀧の下不動尊例大祭 
日 時  平成28年7月28日(木) 午前11時  
場 所  高山村熊野 瀧の下不動尊 
     瀧の下へのアクセスは、рO279−63−3096(北向観世音)までご連絡ください。  
         
  ここ数日の雨で名瀑となった瀧の下不動尊で例大祭をおこないました。
 遠方からもご参詣をいただき無事終えることができました。、
   
   
   
瀧の下不動尊例大祭を終えて記念写真 。 来年もまたお会いしましょう。 
 

    
    
      瀧の下不動尊例大祭
日 時  平成27年7月28日(火) 午前11時 
場 所  高山村熊野 瀧の下不動尊 
瀧の下へのアクセスは、рO279−63−3096(北向観世音)までご連絡ください。                 
                
 時折雨がポツポツしましたが、例大祭がはじまると天気になりました。
 遠方からご参詣をいただき、無事終えることができました。
   
   
   来年の再会を記念して写真を撮りました。 
 
      瀧の下不動尊例大祭
日 時  平成26年7月28日(月) 午前11時 
場 所  高山村熊野 瀧の下不動尊 
瀧の下へのアクセスは、рO279−63−3096(北向観世音)までご連絡ください。                 
 
                            
 平成26年7月28日(月)午前11時、遠方からもご列席いただき例大祭が行なわれました。
              
                              
十数人が列席して、平成25年度瀧の下不動尊例大祭が行われました。 
   
   
      瀧の下不動尊例大祭
日 時  平成25年7月28日(日) 午前11時 
場 所  高山村熊野 瀧の下不動尊 
瀧の下へのアクセスは、рO279−63−3096(北向観世音)までご連絡ください。                 
     
瀧の下不動尊開眼法要  平成24年11月19日(月)

 本日は、ご多忙の中ご臨席いただきありがとうございます。
 さて、修験道の開祖役行者(えんのぎょうじゃ)は、舒明天皇の6年(飛鳥時代635年)に大和の里にご誕生し、御年19才のときに、今の奈良県・和歌山県にある大峰山、熊野三山(熊野本宮・新宮・那智大社)の山中に分け入って修行し、奥深い法を末代に伝えました。
この宗教を修験道、修行する者を山伏といいます。
 ところで、高山村中之条町の境に沢が流れています。その源流、北山の山中に「瀧の下」という場所があり、石像の不動明王が祀られていると聞いていましたが、場所はわかりませんでした。
 ところが、その沢の周りの雑木が伐採され、杉林が間伐されたので、近くを通る林道から瀧と石像を見つけることができました。
 それではと、その不動明王の石像の一つを彫った()小池石材店社長に瀧の下に行ってもらい話を聞きました。
 高山村中之条町の境の北山に瀧がある。そこは「瀧の下」といわれる所で、沢の両傍に高山分と大塚分の石像の不動明王が祀られていたが、大水が出たときに大塚分の石像が流されてしまった。そこで昭和25年に篤志者に頼まれて不動明王を彫った。当時は車が通れる道がなくて、人が背負って運んだが大変だった。
 あれから60年、大塚分の不動明王は岩の下に祀ったが、道も岩も崩れ落ちて地形が大分変わった。だけど石像は、ほぼ水平の台石にしっかり組み込まれているから、台石は動いていないということだ。尻高分の不動明王には、「嘉永子丑季 六月二十八日 上州群馬郡上尻高村 別當 福蔵寺(北向観世音) 氏子 熊野 依火 並木 中島 八王子 入沢 講中」と彫ってあるから、今から160年位前のものだ。
 この石像は、傾きもなく台石もほぼ水平だから、台石がしっかりしていて動いていないようだ。この石像は大きくて、足の指、剣を持つ手の指がしっかり彫ってあり素晴らしい。顔の表情が素晴らしい。額の皴まで少しも風化していないのは良い石で彫ったんだろう。今すぐに両方の石像を補修する必要はないが、落石、土石流や倒木が直撃したら、ひとたまりもないだろう。」ということでした。
 修験道の本尊は、金剛界、胎蔵界の仏の世界であり、大日如来が姿を変えた不動明王です。ですから、山深く分け入って瀧の水で身を清め、修行すれば不動明王の姿を見ることができ、願いが叶うと信じて瀧の下に石像を祀って修行したと思います。
 そして、瀧を拝むことは特別なものですから、今、石像が危険な場所にあるからといって、勝手に瀧の下から移すことはできないことです。
 そこで、当寺に上尻高村と大塚村の不動明王を勧請(おまねき)し、「瀧の下不動尊」と名づけて永く守り伝えていきたいと考え、ここに修験道の法教を仰ぎ、勧請の勤行を修法するものです。
 末代の信徒である私たちは、今年の4月から10月まで瀧の下不動尊への月参りと参道の草刈をしてきました。7月28日には、瀧の下不動尊例大祭を行いました。
 高山村誌には、福蔵寺と熊野神社が1081年に創建されたとありますように、修験道と熊野神社は表裏一体の関係にあることから、10月と11月に熊野神社本社がある和歌山県の熊野三社にお参りをして来ました。
 これからも仏道に努めてまいります。本日はありがとうございました。    

平成24年11月19日 大吉祥日    北向観世音 住職 知高眞憲  合 掌

 
   
   
   
   
   
 高山村と中之条町の境に沢が流れています。その源流というか山中に「瀧ノ下」という場所があり、石像の不動明王が祀られていると聞いていましたが、場所はわかりませんでした。
 ところが、その沢の周辺の雑木が伐採され、杉山が間伐されたので、近くの林道から不動明王が見えてきました。
 それではと、この不動明王を彫った小池石材の親方(社長)に瀧の下まで行ってもらい話を聞いてみました。  
 「高山と大塚(中之条)の境の北山に瀧がある。そこは「瀧ノ下」といわれる所で、沢の両傍(りょうわき)に高山分と大塚分の石像の不動明王が祀られていたが、大水が出たときに大塚分の不動明王が流されてしまった。それで、昭和25年頃に篤志者に頼まれて不動明王を彫った。当時は車が通れる道がなくて、人が背負って運んだが大変だった。今は林道もできて車も通る。久しぶりにここに来てよかった。」
 高山分の不動明王は瀧壷のすぐそばにありました。大水で流されてしまうような場所ですが、お参りする人がいます。新しいお菓子や賽銭が供えられていました。大塚分の不動明王は、沢から離れた絶壁の手前の高い所に祀られていました。
 どちらの不動明王も風格があり、ありがたいものでした。お茶とお菓子を供えて読経し、沢の水を仏壇に供えました。
 
 平成24年7月28日(土)午前11時、妻、母と3人で瀧の下不動尊大祭を執り行いました。
 10時過ぎに寺を出発したときは30度を軽く超えていましたが、瀧の下不動尊はヒンヤリするくらいでした。
 準備万端、全身全霊で御祈祷することができました。 
   
   
 
   上尻高不動尊

「嘉永丑子季 上州群馬郡上尻高村 別當 福蔵寺 六月二十八日 氏子 熊野 依火 並木 中島 八王子 入沢 講中」
 と読める不動明王は160年以上前のものです。
 この歴史的財産をなんとか守りたいものです。
 
   
   大塚不動尊
 小池石材の親父さん、息子さんと瀧の下の不動明王をお参りしました。親父さんは大正14年生まれで、昭和25年に大塚不動明王を彫って、ここに建てた歴史の証人です。あれから60年経ちますがぜひ来たいということでした。
 休み休み瀧の下まで行き、少し休んでから、自ら彫った不動明王まで急斜面を登りました。そして、石像の後ろに彫った文字を確認してから前に回り、石像の汚れを払いました。それから、石像の下の石組を確認しました。
 「この石像は岩の下に祀ったが、道も岩も崩れ落ちて地形が大分変わった。だけど石像はほぼ水平の台石にしっかり組み込まれているから、台石は動いていないということだ。上尻高不動明王は傾きもなく台石もほぼ水平だから台石がしっかりしていて動いていないようだ。この不動さんは大きくて、足の指、剣を持つ手の指がしっかり彫ってありすばらしい。顔の表情がすばらしい。額の皺まで少しも風化していないのは良い石で彫ったんだろう。
 今すぐに両方の石像を補修する必要はないが、落石・土石流や流木が直撃したらひとたまりもないだろう。」というような見立てでした。
   
 
    大祭日時:毎年7月28日 午前11時

 静かな山林に入って清水で身を清め修行をすれば不動明王の姿を見ることができ、願いがかなうといわれます。瀧を拝むことは特別なものです。
「夫れおもんみれば大峯一乗菩提山者といっぱ、金胎両部の浄刹無作本有之曼荼羅なり、森々たる嶺岳は金剛九会の円壇、鬱々たる岩洞は胎蔵八葉の蓮台なり、山河草木は全く遮那の直体、嶺嵐谷響は自ずから法身の説法なり、三部の諸尊済々として羅列し、無数の聖衆奇々として安坐す、故に十有の声見聞を顕し、法爾の境智有空を絶す・・・・。」
柱源護摩では大峯山をこう表わしています。
    皆さんに参拝してもらえるよう道を造り看板を設置しました。
 手鎌で草木を刈り払い、手ノコで倒木を切り出し、浮き石を直し、ガレ場の穴に石をつめて落ちないようにしてから、木の葉や腐葉土を取り除いて足が滑らないようにしました。後日、草刈り機で周りの草木を刈払い粗末な道ができました。
 林道を少し登り、杉林を通り抜けると、川沿の大石のガレ場が少しあります。沢を渡ると、瀧の下までつづく大石・小石のガレ場は登りになりますが、全長300mくらいと思います。
 
 
 
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