外山章夫さん(11C)の仙ノ倉山荘建設当時の手記です。(2002年2月6日)
外山章夫さん
(1934.12.1)
 過日、ふと「足あと」と表記した主として登山と旅行の記録を書いた昔のノートを思い出し
て見たところ、簡単な「仙ノ倉山荘」に関するペン書きの記録がありましたのでお届けしま
す。
 お陰で壮健で、89歳を迎えた今、盛んに旅行や登山した昔の記録をみて感無量です。
学生時代からサラリーマンになってからも、山とスキーとラグビーを楽しみましたが、つい
に膝関節の軟骨が減り、平地は平気で歩いていますが、階段の上り下りに痛みを感じる
ので、2000年2月の70ヶ国目の北アフリカ、リビア旅行を最後に海外旅行を止めました。
 この記録に中に出てくる人で生きているのは、沖(10W)、和田(10C)、斎藤(11C)だけにな
り寂しいことです。もう68年前のことですからね。
「仙ノ倉桐工小屋建設」(1934年)
7月7日 
  桐生発の一番で吉岡先生、長崎、西岡、荒木、谷口らとで出発する。沖
 の姿が見えぬ。湯桧曽で沖より電報有り。ひと列車遅れるとの知らせだっ
 た。
  10:40中里着。久しぶりで中里の景色に接し喜びを覚える。政吉の家で
 休息昼食。腰越、南雲両大工に会い話する。我らだけ先に出発。途中、4
 月に来たときに大きな雪崩のあった所にはなお残雪あり、サイダーに入れ
 て飲む。その中、沖が来る。
  仙ノ倉沢の少し上の夏道にキャンプする。4月に印を付けた予定地付近
 の木はちょっと見当がつかぬ。大きなテントに夜は楽しく話す。
7月8日
  4時起床。空は白雲に覆われている。8時に出発。仙ノ倉沢を登る。

9月6日
  午前9:56発で、沖、石川(11C)、和田とで中里へ行く。山小屋は殆ど出
 来て居り、くつろぐ間もなく雨に降られて吉岡先生が来られる。夜は寒か
 った。
9月7日
  朝から曇りだ。薪を整理したり片づけたりする。昼食後先生が帰られる。
9月8日
  午後3時、長崎(C11)、深田(C11)、内山(C11)、斎藤(C11)らが来る。久
 方ぶりに愉快に語らい、夜を楽しむ。烈風吹く。
9月9日
  小雨となり、一日小屋にくすぶる。皆、木の端くれで手工する。中でも
 和田の人形は優秀だった。今日中に二階の床、外の階段、手すりが出
 来上がり立派になる。夜、豪雨となる。窓ガラス無く、寒い。
9月10日
  少し晴れ気味。山を下ると次第に晴れ、仙ノ倉が先ず姿を現し青空と
 なり、一同憤慨する。 

(写真をクリック)

大笹台にて沖さん(10W)
9月15日
  9:56の汽車で先生と二人で中里に向かう。湯沢「いかり屋」に畳を見に行く。既に中里に送られる。湯沢は、古風の
 家が多い感じのよい町だ。夕刻小屋に着く。
9月16日
  朝から時々青空が見え、万太郎も見られるも一日中はっきりせぬ。午後4時まで、来るとき読んだ「アルプスの山
 の娘」を読む。大上氏訪問。鍵保管を願う。秋山氏訪問。終列車で帰桐。


9月21日
  先生、石川、長崎、弘中と5人、0:10の汽車に乗る。雨模様の烈風が吹く。湯沢「いかり屋」に泊まる。小さな雨が降
 る。新聞にて大阪方面の大風害を知る。
9月22日
  湯沢で自在鍵を買い、8:40中里に着く。人夫に荷物を分け、そうこうする中、10:40桐生から森、大山先生ら9名来
 る。重いリュックに自在鍵をかついで途中アケビを取りつつ登る。小屋は完全に出来ている。夜は賑わう。窓もでき暖
 かい。
9月23日
  朝から小雨をものともせず、一同交代でクレオソートを塗る。ペンキ職は、明日も雨ではと帰る。政吉来たり。途中
 タカの子供を拾って来、長崎の腕で焼き鳥となり、酒の肴とする。
9月24日
  朝からカラリと晴れ、長崎、馬場、金子らと屋根のペンキを塗る。長崎、石川は料理に忙しい。長崎は鶏二羽をつぶ
 す。11時頃、藤田中佐(注:教練の現役軍人教官で、常に軍服着用)、周東氏(注:事務職員)来る。
  村の劔持国三郎氏、政吉ほか人夫、大工ら10人余りと茸の料理とスルメと酒で大いに祝う。中佐たちは、6時の汽
 車に乗るため早く帰る。石川、長崎、馬場が屋根のペンキの上塗りをする。後片づけを終わり、6時に出て終列車で
 帰る。車中、石川が先生のイワナの料理をする。

9月29日
  土曜日正午、急に先生と小屋行きが決まり3:12分の汽車で行く。中里着は既に7:25で暗い。大上氏で鍵を受け取
 り、暗い山路を歩く。9:10小屋に着く。この頃より雨が降り初む。火を作り、毛布をうんと着て寝たのは11時。
9月30日
  8時起床。やっぱり曇っている。8時頃、角谷が窓枠を持ってくる。窓枠取り付け、蝶番取り付けなどで昼まで過ご
 す。これで完全に出来上がり立派になる。3時頃出かけ、6時の汽車で帰る。これで当分山小屋ともお別れである。

10月27日
  一番で先生、西岡、錻力屋と桐生を発つ。利根本流の沿岸一帯の紅葉は美しい。土樽信号所に下車。目が覚める
 ような紅葉の美しい路を小屋に向かう。小松沢には橋が出来楽になっている。10時小屋着。この辺は格別美しい。錻
 力屋はすぐストーブの煙突を作り始む。相当寒い。3時頃出来上がる。その頃、山村(10W)、瀬戸(10W)来る。夜は豚
 肉に舌鼓を打つ。


 ノートに記載してある「山小屋」関連の部分のみを転記しました。随分お世話になった吉岡先生をはじめ、親しくしていた今は亡き友人達を偲びつつ。