畦地梅太郎木版画展
 9月22日(土) 高崎の「ギャラリーART G」で開催された畦地梅太郎木版画展に行って来ました。 (49S相川)

 畦地梅太郎(1902〜1999)は、愛媛県の山村に農家の三男として生まれました。山の版画家と言われ、国内はもとより海外でも畦地版画の虜となったファンは多く、魅力あふれるキャラクターの山男や雷鳥など、山を知る知るものなら一目で共感を覚える親しみのある絵柄です。
 また、「山と渓谷」「アルプ」などの山の雑誌の表紙には、必ず畦地さんの山男が登場していたそうです。

 昭和12年頃より山を描き始めましたが、そのきっかけとなったのが、私たちに身近な「浅間山」だったそうです。
 絵柄を見ると、当時の浅間山はモクモクと煙りが出ていたのでしょう。
 畦地さんは言います。
 「初めて浅間山を見たとき、今までわたしの見たこともない煙を噴き出している。それにわたしは圧倒されちまって、山というものは生きているんだな…と思った。それから山にとっついちゃったわけです。」   (版画展 案内状より)



自分以外の生物とめぐりあえば
  驚きと喜びに心が震える。
山の前で人に上下なく 
  生命に貴賤はない。


真の登山家はモラルの人だ。
  他人に対しては思慮深く、自然を尊び、
   しかも自分自身は注意深い人である。


山登りの最も大きな魅力は、一人になることだ。
  天幕の中で一人まどろみながら、寂しさや
   不安に駆られるかもしれない。
しかし、自分ひとりだけを頼りにし、
  自分の感覚ひとつをあてにして、
   孤独の世界に入っていかねばならない
    ということはいいことだ。


めぐりあい 1956年



山男といっても 近代スポーツ的な山男ではなく
  真実 山そのものの好きな山男である。
モデルなどあるはずがない わしの心の山男だ。


わしは何度も道に迷う。
 距離をまちがえて、食料は欠乏する。
  流れを渡ろうとして、押し流される。転ぶ。
しかし、それが登山の、
  いや、山と戦うことのすべてだ。


山へ行っても写生はしない。
 眺め、見つめて、心にしみ込ませていくだけ。


最初は、山の風景の作品を作っていたけれど、
 やがて、山の思考のものに変わっていった。
  
わかれ 1956年