スズメバチ騒動行状記

35M 布河谷源治

古い山荘日誌の中にメモがあり、下記の報告書を作成いたしました。

作成構成はH155月頃、山荘にて、丑澤、桜井、布河谷で行いました。丑澤さんの実感のこもった口実のまとめと宮本さんの蜂の文献研究資料調査記録です。宮本さんには掲載について(研究資料の)了解を頂いております。

< スズメバチの騒動行状記 >             
 1994
9月西ゼン登行の帰りの平標新道でクロスズメバチに 襲われた時の状況をまとめたものです。
 
被害者 宮本 敬之助(18W)、戸田 幸雄(28C)、丑澤 經樹(28C) 記

 
 宮本が、亡くなった昔の仲間の供養のため、若いころ登った西ゼンに、是非、登りたいのでと同行を要請された。 9月中旬(記念祭の前々日)にザイルを持って宮本、戸田、丑澤の3名にて西ゼンを登る。最後のヤブ 漕ぎは偵察の甲斐があって12分で稜線に出る。平標山の頂上をきわめて平標新道を下ってきた。

途中で宮本さんがクロスズメバチの巣を杖でつついたらしく、ハチの大群に襲われ逃げ降りてきた。先に降りて いた丑澤の所に宮本が飛んで逃げてきたのだが、今度はハチが丑澤の方へ向かって攻撃をし出した。二人でハチと格闘をして苦難している所へ、最後に降りてきた戸田がどうした、どうした何か有ったのかと傍へ寄って来たところ、戸田もハチに攻撃されて刺されてしまい、三人共首筋や手、腕、頭、背中を衣類の上から刺されたり、衣類の中に入って刺されたりして仙ノ倉沢と平標沢の出会いまで逃げ降りて来て、沢の水中に潜り込んで、やっとハチから逃れる事が出来た。刺された所の痛みも相当なもので、沢の冷たい水で冷やしてやっと痛みが緩和された。

 三人共各自刺された跡を調べてみたら、宮本は腕の皮膚の上にハチの針が林立していた。足のすねにもズボンの上から刺された跡が有った。戸田は衣類の中にも潜りこんだ蜂にも刺された。

山荘まで帰れば何とか痛みや腫れが治せると思いながら帰ってきたが、薬も何も無く痛みをこらえながら一晩中眠れぬ夜を過ごした。以上がスズメバチに刺された時の行状である。
 
 <スズメバチの騒動行状記> 終わり       

記 丑澤 經樹 

 

<スズメバチはなぜ刺す。どうすればいいか。>
                          
1. 腰細之 須転娘子之 其姿之 端正爾 以下略

こしぼその すがるおとめの そのかおの うつくしけきに、---
                        (万葉集 巻九雑)

万葉集などにあらわれる美人の祝詞には、ハチの古語である"すがる" 又は "すがれ" が用いられた。
2. 刺すハチはほんの一握り
 ハチは昆虫の中で最も種類の多い昆虫。世界で30万種以上、日本では5000種を越える。

3.    人を刺すのは、細腰亜目の有剣類の内のごく一部。

人を刺すのは、社会性ハチと呼ばれる @アシナガバチ Aスズメバチ(日本のスズメバチは世界最強) Bミツバチ Cマルハナバチ(めったに刺さない)の4グループ。
4. 巣を守る、縄張りを守るために刺す
 巣には、熊をはじめとして大型動物のご馳走が詰まっている。(幼虫、密) 天敵は熊。黒色はあぶない。
5. 攻撃は四段階
5-1
 巣への接近に対する警戒行動

巣へ出入口や表面にいるハチが近付いたものを注視する。一部は周辺を飛び回る。キイロスズメバチは巣の近くで大声をたてると10メートル位離れていても数百のハチがゾロゾロ出てくる。
5-2
 巣の近くに対する威嚇

巣を離れたハチが相手に近付いて、高い翅音を発して上下左右まとわり着く様に飛ぶ。この場合、急に動くと刺すことがある。目をとじて顔を下向きにしてじっとしていると去る。横に動いてはいけない。静かに後退りするのがよい。
5-3
 巣への間接刺激に対する攻撃

巣をつついたり、威嚇を無視したり気づかない時、木の枝や軒下の巣は付着部分に軽い振動を与えた時、土中の巣では付近を通行した時に攻撃してくる。こんな時は巣内に警戒フェロモンがまき散らされているので、威嚇中のハチの他、巣の中からも飛び出して対象物に真っ直ぐに飛びかかって毒針で刺す。

一旦攻撃を受けると、巣の付近に留まる限り攻撃に参加するハチは増える。一刻も早く現場を離れるべきで、スズメバチでは10メートル以上も追いかけてくる。
5-4
 巣への直接刺激に対する攻撃

この場合、最も危険。巣を直接刺激したり破損したり、土中の巣では地上から振動を与えたり、出入りを急に横切った時におこる。入口の門衛ハチと共に巣内から一斉に飛び出して、威嚇無しにいきなり刺す。興奮の激しい時は相手の体に噛みついて離れず、何度も毒針を突き立てる。現場から遠ざかっても追いかける。その距離は十数メートルから数十メートルになる。

6. どうやって刺すのか 毒針の構造   (略図省略)
   a: bの先端にある鋸状の歯を持つ尖針(ランセット)  L=刺針の2/3
   b: 堅くて細い管,注射針に相当する刺針(スタイレット) オオスズメバチ L5.56ミリ
     刺針の先が相手に触れた瞬間に尖針が飛び出してくる。
     二本の尖針は交互に溝を滑りながら深部へ突き進んで行く。
     毒針は尖針の先から放出される。尖針の表面にも一面に毒液がベッタリ塗り付けられている。
 6-1 三通りの使い分け
   イ. おどし。尾端を相手側に曲げて毒針をちらつかせる。巣に近づいた時。
   ロ. 警報物質の発散。巣に石を投げられたり、いたずらされた時。
      巣の内外に向けて毒液を霧状に発散し仲間に緊急事態を告げる。目に入ると失明のおそれ有り。
   ハ. 攻撃用
 6-2 刺し方
   イ. 相手に弾丸の如くぶつかっていき、接触した瞬間毒針をはなち、刺すと一旦離れて空中で体制を立て直して再び攻撃してくる。(単独攻撃) 皮膚に斜め。浅い。
   ロ. 大顎で噛みつき集中的に何度も毒針を突き刺す。(巣全体から出てくる時) 皮膚に垂直に入る。深い。
      ミツバチは一刺しで、針は尾端からちぎれる。
      スズメバチはちぎれること無く何回でも刺す。
      首がちぎれても刺し続け、毒液を送り込む。
 6-3 毒の量

オオスズメバチ   4.1μL (1.1mg)

キイロスズメバチ  2.0μL (0.4mg)

モンスズメバチ   2.0μL

コガタスズメバチ  1.6μL

ヒメスズメバチ    1.1μL

7.  毒の成分と作用
 7-1 刺されたらどうなる。 
     普通の人では、まず、脈拍数の増加。痛みは数十分〜1時間以上。一時に数匹に刺されると数時間続く。
     一般的には刺された部位を中心に炎症が起こり腫れあがる。体温13度上昇する。特に患部は発熱する。   

腫れがピークに達した頃か、引きはじめのころから痒み入れ替わり、23日続く。

オオスズメバチなど刺された部分の皮膚が壊死して腫れが引いても、35mm陥没して傷跡は数年そのまま残ることが多い。
 7-2 恐いアレルギー体質
     アレルギー体質の人は、たった一匹に手足を刺されただけで数分〜数十分内で意識もうろうとし、

全身に発疹、呼吸困難となって危篤状態になり、ひどい場合には死に至る。
     一般の人とアレルギー症の人はまったく異なることを知っていなくてはならない。
 7-3 ハチによる痛みの違い
     ハチの種類によってかなり違う。
     オオスズメバチモンスズメバチキイロスズメバチチャイロスズメバチコガタスズメバチの順。
     クロスズメバチ属ホオナガスズメバチ属はスズメバチ属ではない。
 7-4 ハチ毒の成分
     生理活性アミン、ペプチド類、酵素類、アレルゲン高分子神経毒などの蛋白質などが主な作用物質

となっている。
 7-5 痛みを引き起こす物質
     主なものはハチ毒キニンと総称されている。発痛ペプチドと活性アミンである。

プラジキニンと呼ばれるペプチドのアミノ酸
     (アルギニン ― プロリン ― グリシン ― フエニルアラニン ― セリン ― プロリン ― フエルアラニン ― アルギニン)

が並んでいる。
     プラジキニンの生理的濃度1mL中一億分の一グラムで痛みを感ずる。

キアシナガバチの場合一匹あたり1〜2マイクロ毒液中に一億分の一濃度で刺されると痛い。
 7-6 目に毒液が入ると大変
     スズメバチは針で刺す外に空中に、霧の様に毒液を散布する。
     目に付着した場合、角膜の表面膜が剥がれて手当が悪いと失明する。

スズメバチの巣を採る時、金網やたまねぎの網袋を頭にかぶって作業をするのは危険で目をやられる。

オオスズメバチは顔面に群がって攻撃する習性がある。
 7-7 一番刺され易い時期
     巣が最も発達した時期、夏から秋。この時期は巣の中の働きバチの数が最多となり、防衛力最強。
     加えてオオスズメバチ(他のスズメバチの巣を襲って略奪する)が攻撃してくるので、この頃の

スズメバチの巣は一触即発の緊張状態にいる。
 7-8 アレルギーの起こる人
     ハチに刺されたことの有る人は危険である。
     二回目以降にハチに刺されると、最初の時に出来た抗ハチ毒抗体とあらたに注入された抗ハチ毒抗体

によって抗原抗体反応と呼ばれるアレルギー反応を起こす。

逆に、初めてハチに刺された人の場合は、ハチ毒のアレルギーによるショック死ということは起らない。

8. 刺されたらどうする
 8-1 民間薬
   イ.アンモニア(又は代用として小便)
     効果は期待出来ない。ハチ毒は蟻酸と思われたのは昔の名残り。肌を荒らすだけ
   ロ.渋柿の汁。東京医科歯科大の大滝氏推奨
   ハ.アロエ
   ニ.玉ねぎの汁。営林署の推奨(山に入る時玉ねぎを持っていく。)
   ホ.ヘクソカズラの汁。営林署の推奨
 8-2 水で冷やす。水や氷で冷やして医者へ。
 8-3 生薬

セフアランチン(医師が注射で使用。医師以外使用出来ない。)

台湾原産タマサキツズラフジという薬草より抽出のアルカロイド

9. 刺されないためには
 9-1黒色は危険

黒に対して最も激しく攻撃してくる。青にやや多い程度で他の色はあまり刺激しない。

白や銀が一番反応少ない。
 9-2 ハチを刺激するモノ
   イ. 衣類でピラピラする物。純毛製のもの、黒地のもの、毛皮など攻撃の対象になる。

特にオオスズメバチは巣の近くで動く黒い物に対して非常に過敏になる。

56メートル離れていても、空中で一旦狙いをつけてから相手につぶての如く飛んできて、体当たりで刺す事が多い。
   ロ. 匂い。

ヘアースプレー、ヘアートニック香水など化粧品、体臭、汗臭などに敏感に反応する。

エーテル、シンナーなど巣の近くで揮発させると興奮を激化させる。
   ハ. 蚊よけの超音波発信器

  巣の近くではハチを興奮させて攻撃を受ける。
 9-3 忌避剤はない。

蚊やアブの忌避剤の様に塗って置けば刺されない薬はまだ見つかっていない。

ハチが野外で餌集めの時、避けて通るような臭いが見つかったとしても、巣を守るためには命がけで刺しに

くるのであるから、そんな時にはほとんど無視されてしまうであろう。
 9-4 巣の所在を知っている時
   イ. 小さいうちに取り除く。
   ロ. 巣に気がついたら側へいかない。土中の場合もその付近を歩き回らない。
   ハ. 巣を刺激したり振動を与えない。
   ニ. 巣の近くでは作業をしない。
 9-5 巣の所在が分からない場合
   イ. ハチの生息する環境では着衣に注意する。
     黒いものはいっさい身につけない。

できるだけ白、なければ黄地下足袋、長靴、長袖シャツ、軍手、つばの広い帽子、これに防護網をかぶる。

ハチの天敵は熊。
   ロ. 登山ハイクにはスプレー式殺虫剤を家庭用のスプレー式殺虫剤(ピレスロイド系、人体安全)

 ハチはピレスロイド系に対しては蚊やはえより弱い。

(但し、日中に巣に向けて直接スプレーすることは危険である。一般の人のやることではない。)

頭髪の整形用ヘアースプレーを併用すると効果がある。やむ得ず駆除する時は夜。ハチは夜は見えない。

懐中電灯やヘッドランプは危険飛びついてくる。赤いセロファンを張るとよい。
 9-6 巣が付近に無い場合
   イ. ハチが餌を採っている場所、スズメバチの好む食物に集まっているところに近づかない。

 クヌギ、コナラの樹液、ブドウ、イチジク、柿。スズメバチは占有権を主張して人も襲う。
   ロ. 野外でジュースを飲む時
     スズメバチは平気で缶の中に潜り込んだり口元へ止まって液を吸おうとする。

この場合全く攻撃性はもたないが、誤って口の中へ入れてしまうと口や唇を刺される。
   ハ. 運転席に入り込んできた時
     あわてて大事故になる例が多い。車の中に迷い込んだハチは慌てている。

車を止めるか徐行した後にできるだけ多くの窓を全開にして出るのを待つ。

ハチは明るい方へ行く。手などでハチを叩くと向かってくる。
   ニ. 家の中に入り込んだ時
     追いかけまわさない限りハチは襲ってこない。最も明るい方向の窓を全開にして出るのを待つ。

もし天井の方へ舞い上がってしまうと下が見えないので窓の方へも行けなくなる。

その時はスプレー式殺虫剤をハチに向って12mから数秒スプレーする。
   ホ. 洗濯物の中、寝具の中にいる事がある。
     乾いた物を取り込む時は注意する。(夏の終わりから秋)
     殆どフタモンアシナガバチ(小型)である。

10. 19949月 西ゼン登行の帰途、平標新道でクロスズメバチに襲われる。

山荘の至近部にも営巣を発見し、帰途後数冊の関係書を読みまとめた。

199410月 宮本 記録

11. 参考文献
     スズメバチはなぜ刺すか!   北大図書刊行会  松浦氏
     スズメバチ―雑木林の名ハンター  平凡社    松浦氏
     日本蜂類生態図鑑          講談社     岩田氏他

   <スズメバチはなぜ刺す どうすればよいか> 終わり