我的爵士楽話(その3)
(爵士楽とは中国語でジャズのことです)
■ 私の楽しみ方
「楽しみ方」というほどのものではありませんが。
● CDを買う
困ったことに、私が住んでいる周辺地域のCD屋さん(レコード屋と言うのも変ですから)では、ジャズは日陰者扱いです。必然的に少ない選択肢から買うことになります。
(1) メンバーはどうか
(2) 曲目はどうか
(3) 録音年月日はどうか
(4) 同じアルバムで発売日の違っているものはないか、輸入版はないか(同じ内容でも、値段が違うアルバムが堂々と売られていることがある)私は最近では、スィング・ジャーナル誌をはじめとするレビューをほとんど読みません。自分のカンが頼り、と言えば聞こえはいいのですが、成功・失敗の確立は4対6くらいですねえ。トホホ・・・。
最近はホーム・ページを使った通販が流行っているようです。私もやってみるか。
● こんな時、あんな時聴くジャズ
(1) 気分が落ち込んでいる時、さらに自分で落ち込ませようと思う時 (ノーテンキ人間の私にはメッタにありませんが)
(2) 家にだれもいなくて、好きなだけ大音量で聴ける時
(この時間、最高。生きてて良かった・・・・・・。)(3) BGM的に聴く時
(4) 気分をハイにしたい時
(5) 眠気覚ましの時
ポリシーのない私としては、結局いつでも、どこでもよいのです。ただ・・・・。一緒になって聴く人は、やはりジャズが好きでないと、私としては落ち着きません。したがいまして、私が家族と一緒にジャズを聴くことはないのです・・・(悲)
■ 演奏家について
ここでは思いつくままに何人かのミュージシャンを取り上げました。選定理由は・・・ありません。
気が向けば、追加します。
◆ ビル・エバンス
PORTRAIT IN JAZZのアルバム写真を見た妻は「この人、本当にジャズ演奏家なの?」と言いました。確かにこの写真を見ると、学者かなにかと間違えそうなくらいインテリっぽいです。
外柔内剛と言う言葉が,この人ほど似合う人もまたいないでしょう。それに演奏は知的、クール、情熱的、都会的 ・・・・・何と形容したら良いのでしょうか。
この人の演奏で、ワルツ・フォー・デビーやタウン・ホールのようなライブ録音も、もちろん良いのですが、どちらかと言えばスタジオ録音向きだと思います。拍手が入るとちょっと興ざめすることもありますので。
最良の演奏はスコット・ラ・ファロとポール・モチアンとのトリオはもちろんのこと、アンダー・カレントや、ホワッツ・ニュー、クインテセンスのような「他流試合」も他流だけに、一層緊迫感がでて面白いものもあります。
◆ マイルス・デイビス
例えばそこは高層ビルが立ち並ぶビジネス街。ようやく夜が明けてきたころ。車は通っていない。霧がたちこめている。キリリと身の引き締まる冷気。そんな時、どこからともなくトランペットが聞えてくる。私はマイルスのトランペットにそんな雰囲気をイメージしている。
●50年代
かつてチャーリー・パーカーのサイドマンだったころ、マイルスは不名誉な演奏をずいぶん残したものだ。管楽器は難しい。何と言っても音が出なければ始まらない。オープンで吹くと馬脚があらわれるので、当時はほとんどミュートを使っていた。
彼の演奏が何とか鑑賞に耐えるようになったのは50年代中期になってからだ。ジャズ界に限らずどんな世界でも、世間から認められるようになるのは並々ならぬ才能と努力を要する。ジャズ界で言えばテクニックがあれがそれで充分と言う訳ではない。テクニックだけの演奏家など掃いて捨てるほどいるのだ。マイルスの吹奏能力は、プロとして決して褒められたものではない。しかしそれでも人を引き付ける「何か」があった。
それと、この時期のマイルスのあの乾いた音は好きだ。
● 60年代
この時期、マイルスは異様なほどライブ録音が多い。賞賛する人も大勢いるが私はどうもその気にはなれない。
この時期のマイルスは相当スランプだったのではないか?何のアイディアも出せないまま、ずるずると(だらだらと?)ライブばかり録音していたのではないか?
私はそう思っている。その証拠にはソー・ホワット、ウォーキン、枯葉など同じような曲、しかも代わり映えのないソロばかりである。したがってこの時期のマイルスのアルバムは最良盤を一枚聴けばOKだ。そしてその一枚とは間違いなく フォア&モア だと思う。
マイルス自身もさることながら、ロン・カーター、ハービー・ハンコック、アンソニー・ウィリアムスのリズムの素晴らしさはどうであろうか。フォア&モア に限らず、他のアルバムを聴いても、このリズムセクションはジャズ史上最高のリズム・セクションのように思える。スタジオ録音のなかでは 、いつか王子様が はごめん被る。マイルスは、もともと自由に高域を出せる人ではないので、このテーマ曲を演奏するマイルスを聴くと痛々しくなってしまう。ミュートをつけているから何とか聴けるが、オープンなら・・・想像しただけでぞっとする。
彼に再び変化し始めたのはウェイン・ショーターが参加してからだろう。中でもESP、マイルス・スマイルズが良い。ここまで書いて別の考えがしてきた。
1959年、マイルスはカインド・オブ・ブルーでグループ表現を完成させ、一つの頂点を極めたが、60年代に入ってその「完成品」を自ら解体したのではないか?
何のために。
新しい「目標物」を完成させるために。しかし、ビッチェズ・ブリューを発表したが故に、マイルスは自分で自分を崖っ淵に置くことになったのではないか。
◆ ウィントン・マルサリス
マルサリスってなぁ、ありゃ二重人格みてぇな奴だ。なんか、こう演奏する自分と、後でそれをコントロールする自分と二人いて、「後の自分」が「演奏する自分」をがっちり、出過ぎないよう、でしゃばらないよう、に押さえているように思えるね。
こいつが自分の演奏に酔いしれるなんてことは絶対ねえだろうなあ。こんな人は珍しいよ。そんなわけで時々つまらなくなる時があるね。もっともそのおかげで出来・不出来の差もあんましないな。
ハナシは戻るが、自分の演奏に酔いしれるなんてピーターソンなんかその典型だな。あの冷静沈着なマイルスでさえ、時には酔うことがあるよ。そーだなー例をあげるとすりゃあ、ビル・エバンスがやや近いかな。しかしてぇした奴だぜ。これだけ楽器を鳴らせる奴なんて、めったにいるもんじゃねぇよ。まったく。
◆ チャーリー・パーカー
ビンボウニモマケズ、ジンシュサベツニモマケズ、・・・・カネガナイトキハダレカニタカリ、エンソウスルトキハタニンノガッキデエンソウシ、・・・・ヒガシニサケガアレバシャッキンシ、ニシニマヤクガアレバガッキヲシチニイレ、・・・・ホメラレモセズ、クニモサレズ、・・・・ソンナヒトニワタシハナリタイ
楽器を吹けば天才。でも私生活はまるでダメ男。借金しまくり、しかし絶対返さない。子供はあちこちで作りまくる、でもメンドー見ない。酒、賭け事大好き。おまけに麻薬患者。でも何故か憎めない性格で人は寄ってくる。
しかしある日死ぬか殺されるかして、川に浮んでいるところを発見される・・。これはオトコの美学ってものです。
(注)別にパーカーは川に浮かんでいたわけではありません。
ま、それはさておき。パーカーの傑作と言えばダイヤルセッションでしょう。ヤードバード組曲、エンブレイサブル・ユー、チュニジアの夜・・・・。まったく神が乗り移ったとしか思えないすばらしさです。50年代に入ってからはナウ’ズ・ザ・タイムとマッセイホール。一部の評論家が絶賛するコール・ポーター集は、よほどパーカーが好きで最後まで看取りたい人以外は聴く価値はないでしょう。
またバード&ディズもそれほどの演奏とも思えません。
◆ エリック・ドルフィー
いや、これはすごい。この人のバスクラは。マイルスは「馬のいななきだ」と言ったらしいが、それがどうした(so what)。
わたしゃどるふぃーがすきだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
◆ ディジー・ガレスピー
白山羊:この人はなんと評価すればいいんですかね?
黒山羊:どう評価すると言ったって、偉大なるトランペッターだ。40年代中期。チャーリー・パーカーやバド・パウエルらと共にモダンジャスの基礎となったビパップを創造したんだ。
白山羊:へ〜。そうなんですか。でも日本じゃあんまり人気がないですね。
黒山羊:そうなんだ。過小評価されている。どうも日本人は明るい性格に人は好きなんだが、徹底的な超ネアカなんて人はだめなのかなあ。
白山羊:そのマイルスも始めはガレスピーのまねをしてたって話ですが。
黒山羊:始めはね。でも50年代に入ってからはマイルスは独自路線を歩くようになった。マネしたくもできなかかったんだな。マイルスだけじゃない、ウィントン・マルサリスもガレスピーに「あなたのように演奏したかったけれど、とてもできないのであきらめた。」と言ったらしい。ともかくあんなバカテク・ミュージシャンはめずらしいよ。
白山羊:なるほどねえ。じゃどんなアルバムがオススメなんで?
黒山羊:40年代ではDiz’Bird In Concert とか RCAの録音を集めたビバップ・エラ、50年代になるとヴァーヴへやたらと録音している。正直言って玉石混沌のキライがあるが、フォー・ミュージシャンズ・オンリーとモダンジャス・セクステットが好きだ。60年代になるとやや衰えが目立ってくる。しかし名人芸は変わらない。なかでもジャズ・フォー・ア・サンデイアフタヌーンが良い。何と言ってもジャムセッションにはかかせない人だ、と言うよりお祭り騒ぎが好きなんだな。それに人並みはずれて、目立ちたがり屋だったらしい。
白山羊:ガレスピーって言えば例の45度上向きのラッパがおなじみですね。
黒山羊:そうだね。私が持っている「マッセイ・ホール」のアルバムでは真っ直ぐのラッパを吹いているから、曲がったのはその後だな。なんでも椅子の上に置いておいたら誰かが知らずに座ったため、曲がってしまったようだ。
白山羊:だとすりゃ、そうとうのデブですね。ピーターソンだったりして。
黒山羊:それはどうかはわからないよ。
白山羊:それにしても「マッセイ・ホール」のLP、年代モノですね。これ持ってるなんて、トシがバレバレですぜ。
黒山羊:ドキッ!ま、まぁ・・・。その話は・・・・・・。
かくして白山羊さんと黒山羊さんの会話はいつ果てるともなく続くのでありました。
◆ カウント・ベイシー
カウント・ベイシーの演奏は、かつて学生ビッグ・バンドに盛んにコピーされたものです。その特長は、極めてジャズの基本に忠実でシンプルな、リズム、メロディー、ハーモニーでしょう。
カウント・ベイシーの最盛期は1950年代である、と私は確信しています。トランペットのジョー・ニューマン、サド・ジョーンズ、サックスのフランク・フォスター、フランク・ウェス、いずれも第一級のソロイスト達です。これに反して1960年代になって、クインシー・ジョーンズ、ニール・ヘフティ、サミー・ネスティコらが編曲者となると、良く言えばソツなく都会的、しかしベイシーの持つ最大の魅力とも言える強烈なスィング感は影を潜めてしまいます。つまりキバを抜かれた狼のようなものです。
学生バンドにとっては、60年代の方が演奏しやすいかもしれませんが、聴く方にとっては、60年代のベイシーはもはや別物としか思えません。ここのところはアルバム評にも書きました。
ベイシーが楽団のリズム・セクション、ベイシーのピアノ、フレディー・グリーンのギター、ジョー・ジョーンズのドラム、ウォルター・ペイジのベースは、かつてオール・アメリカン・リズム・セクションと呼ばれるほどの優れモノでした。後のマイルスクインテット(レッド・ガーランド達が在籍した時代)のリズム・セクションも、ベイシーにならってオール・アメリカン・リズム・セクションと呼ばれました。