JR吾妻線沿線は渋川から吾妻渓谷を抜け草津・白根の麓へと延びています。 この沿線は渓谷も深く、風光明媚な所として知られており上毛かるた(群馬にはこのようなローカルなカルタがあります)には ”耶馬溪しのぶ吾妻渓”と歌われています。吾妻渓谷のちょっと手前に岩櫃山(写真4)が大きく聳え立っています。 最後の写真はその頂上から真下を撮影したものですが、思わずダイブしたくなるような(しないいない)光景で、 南側には榛名山を背後から望む事が出来ます。 で、この山の麓にあるのが有名な(多分有名だと思うのですが)岩櫃城跡です。 岩櫃城といえば真田幸隆(1513〜1574)・昌幸(1547〜1611)親子の頃がよく知られていると思いますが、 その歴史は古く築かれた時期は南北朝時代まで溯ります。元々は吾妻氏の住居であった所と思われ、 吾妻氏は里見氏により一度吾妻の地から追い出されるが、吾妻太郎行盛の子・憲行(千王丸)が管領・上杉氏のバックアップ得て、 里見氏を破り、吾妻の地を回復する。そして憲行によって1405年に城は築かれ、江戸時代に入り 1614年に廃城になるまで200年間という長い年月を誇る戦国の名城です。(吾妻町)