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トランジスタ式プリ・メインアンプ


約30年ぶりにトランジスタアンプを作りました。回路は次のとおりです。


■電力増幅

これは電流帰還回路です。
通常のアンプはいわば電圧帰還で、ゲインの増加と共に周波数特性が狭まる特性を持っていますが、電流帰還はこの欠点を改善するように作用するようです。
右の回路は電力増幅部を簡略化して描いたもので、青い枠が入力バッファ、赤い枠が電流・電圧変換部です。

ゲインの求め方ですが、入力バッファには信号の入力端子Ei と帰還回路の入力-Ei があります。I1はバッファの出力電流、I3は出力Eoによって帰還抵抗R2を流れる電流です。

@ I2=Ei/R1   (バッファなのでEi=-Eiとみなせる)
A I3=(Eo-Ei)/R2  (バッファなのでEi=-Eiとみなせる)
B I2=I1+I3、I1=I2-I3

終段はSEPPですのでゲインは1ですから回路のゲインを稼ぐのは電流・電圧変換部で、Zt×I1の式で表されます。ここでZtをトランス(変換)インピーダンスといいます。

C Eo=Zt×I1、I1=Eo/Zt

以上の式から Eo/Zt=Ei/R1-(Eo-Ei)/R2。1/Ztは通常無視できるほどの値になるので

Eo/Ei = 1+R2/R1

が成立します。これが回路全体の理論的なゲインになります。

とはいえ、ここのところが実にわかりにくいのです。
I1の一部がTr1、Tr2のベース電流となって増幅されるとか、I2の変化でRC1とRC2の電位が変わり、Tr1とTr2のベース電圧(すなわちバイアス電圧)を変える、というならわかりますがね。ま、いいか(笑)

この回路は現在のオーディオアンプの主流になっているようで、たとえば下の左はアキュフェーズE-350のブロック図(パワー部)ですが、オペアンプ(実際にはディスクリートかもしれない)で平衡入力をした後は電流帰還回路になっています。同社のカタログにはカレント・フィードバックと書かれています。

この回路は、いわゆるダイヤモンドバッファ(右側)に似ています。
私もはじめて見たときは間違えてしまいましたが、ダイヤモンドバッファに電流・電圧変換をつけたのが電流帰還回路なのか??

E-350(パワーアンプ部)

ダイヤモンドバッファ基本回路

さて普通、トランジスタ式パワーアンプの設計は出力を決めてから電源電圧等を計算していきますが、今回は手持ちのヒータートランス(6.3V2A 2回路)の再利用なので最初に電圧ありき、になります。

トランスの二つの回路を直列につないでブリッジ整流したところ、出力電圧は約8.8V(無負荷で9.03V)になりました。
回路上の損失電圧を2Vとすれば有効電圧は (8.8-2)÷1.41 = 4.8V ですから、出力はどんなにがんばっても理論的には 4.8V×4.8V÷8Ω (スピーカーのインピーダンス)= 2.8W です。

一方最大コレクタ電流は 8.8V÷8Ω = 1.1A (エミッタ抵抗0.1Ωの電圧降下は無視)で、平均電流は 1.1×2÷3.14 = 0.7Aになります。
平均電流はサイン波を入力とした場合なので、実際の複雑な音楽信号の場合にはさらにある定数をかけることになり、実際にはもっと小さい値になります。この定数ですが 0.3だったり、0.13だったり参考資料によって違うことがあって何が何だかよくわかりません。

今回使ったトランジスタは入力バッファと I-V変換兼ドライバー。すべて2SA1018/2SC1815です。この石は非常にローコストですし、大量に流通しているのでどこでも買えて便利です。データシートによれば出力10Wまでのドライバーにも使えるようです。

バイアス調整は電力用トランジスタと熱結合を容易にするため、ネジで固定できる2SC3421にしました。写真でもわかるように電力段の放熱は専用の放熱器ではなく、ただのアルミ板です。熱はほとんど出ません。ですから熱結合する必要があったか、少々疑問ではあります。

電力増幅段のトランジスタは、最大1.1Aのコレクタ電流が流れるので損失は約10Wですから、選定の条件はコレクタ電流2A、コレクタ電圧20V、損失20W以上が望ましいと思います。選んだのは 2SA1934/2SC4881で、主な規格は右のとおりです。

VCEO 50V
Ic 5A
Pc 20W
hfe 100〜300
fT 100MHz

2SA1934/2SC4881は本来オーディオ用ではなくスイッチッグ用の石ですが、立派に低周波電力増幅ができます。考えてみれば私の300Bアンプのドライバーはコンピュータ用(つまりスイッチング用)の5687ですし、フラットアンプには高周波増幅用の6AU6を使っています。こういう例は他にもいくらでもありますから、本来の用途にこだわることもないと思います。なお、いずれのトランジスタもペア選別はしていません。電力段のアイドリング電流は30mAです。気になっていた中点の電位は±5mV以内で、充分安定しています。


■イコライザー

今回、せっかくですからイコライザーアンプも作りました。新日本無線のオペアンプ、4580DDです。
イコライザーで重要なのはRIAA偏差とSN比ですが、RIAA偏差は測定器がないので、ネット検索で見つけた定数そのままです。SN比を考えれば電源部には定電圧回路を使うべきですが、電圧が±8.8Vしかないので1Vもムダにできません。100Ω抵抗と100µのケミコンで止めておきました。

また4580DDは1個2回路入りでサーボ回路もつけられないので、オフセットを遮断するため出力にコンデンサを挿入せざるを得なくなっています。(完成後オフセットを計ったら片側が 0.15V、もう一方は 0.1Vありました。)

音声信号の通り道にコンデンサ、それも電解を入れるなどとんでもない!という人もいるでしょうが、増幅段は直結でも、どんなアンプにも電源部にはしっかり電解コンデンサが入っているので音声信号はちゃんと電解コンデンサを通ることになります。それを考えずに表面的な直結にこだわる必要はないでしょう。

実際の配線では100Ω抵抗と100µケミコンは音声信号の径路を短くするためイコライザー基板上で配線しています。


■電源

電源部は単純な回路です。
前記のとおり電源トランスは6.3V2A 2回路のヒータートランスで、これは10年位前に300Bシングルアンプのヒーター点火用に買ったものです。2回路を直列につないでブリッジ整流し、6800µの電解コンデンサで受けています。整流後のコイルは120µ2Aです。MJ誌をみていたらノイズ除去に効果的と書いてありましたので、おまじないと思ってつけてみました。

 

■製作

トランジスタアンプ製作の最大の難関はなんといっても基板作りでしょう。
本来でしたらきちんとプリント基板を作るのがいいし(第一、見た目がかっこいい)、若いころは作ったこともありましたが今ではそんな気力も根性も消えうせています。
かといってユニバーサル基板を使って裏側で結線していくのも、老眼にはつらいものがあります。もっともイコライザーはオペアンプを使うのでユニバーサル基板で作りましたが。

そこで登場するのが平ラグ板。
トランジスタアンプで平ラグを使うのは邪道といわれそうですが(笑)、作りやすさや誤配線の時の修復のしやすさを思えば大変便利です。これは中高年の味方としかいいようがありません(笑)。

ケースは何の変哲もない300×200×60のアルミのシャーシーです。
真空管アンプなら上にトランスや真空管が乗るので見栄えもいいですが、トランジスタアンプでは乗せるものがありません。ホント、面白みがないです。せめて少しはかっこうをつけようと、両側は黒いシートにして、前面のツマミの周囲は黒くなるようにしてみました。

入力セレクタスイッチがイコライザになっていると電源スイッチ投入時のポップ音がわずかに出ます。気になるほどではないので遅延回路はつけていません。なお製作費用は約11000円でした(電源トランスを除く)。

中央のアルミ板が放熱板。右側の基板はイコライザー


■感想

本機の前段階として、ブレッドボード上で右のようなごく簡単なパワーアンプを作ってみました。音質は、やっぱりこんなものか、という程度で、大してことはなかったです。

ですからあまり期待しないで本回路を組んでみたところ大違い。低域から中高域までよく鳴ります。とてもコスト1万円程度とは思えません。久しぶりに作ったトランジスタアンプですが、正直いって認識を新たにしました。

では真空管アンプ、現在私が使っている6CA7プッシュプル、に比べてどうなのか。
出力は比較になりませんが、周波数帯域にはほとんど差はないと思います。

一番の違いは中音域の差で、充実感といいましょうか。ここがやや薄く感じます。妙なタトエですが、ボーカルを同じ音量で聴いても朗々と歌い上げるのが真空管アンプで、こちらは歌手の声量が少々小さくなったような感じです。

トランジスタアンプは真空管と違ってどうしても視覚的要素・・・目で見る楽しみに欠けますし、プリント基板製作の煩わしさから長いこと敬遠してきましたが、今回、平ラグを使えばかなりのところまでできることがわかりました。出力トランスが不要なのでコスト的にも助かります。

《参考資料》
定本 トランジスタ回路の設計(CQ出版)
続・定本 トランジスタ回路の設計(CQ出版)
 トランジスタ回路の実用設計(トランジスタ技術社)


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